花火
 
「今日は空座町の花火大会なんだよ。結構大玉とかあるくせに、出店少ねぇんだけどさ。夜一さんも行く?」
 
 夕暮れ時、町行く人が浴衣を纏い、嬉そうなわくわくした顔で一方向へ向かっていく様を見て、不思議に思っていた。たまたま浦原商店に寄った一護に聞いてみたら先の言葉を言われた。
 
「なるほど、だから雨もジン太もテッサイに連れられ、出かけた訳か」
「あれ、夜一さんも浦原さんも行かねぇの?」
「うむ。儂も喜助も人込みは好かんからの。ここからも見えるかの?」
 
「あー、多分庭からは見えると思うけど・・・。きっと小さくしか見えねぇと思う」
「よいよい。十分じゃ」
 
 そんな会話の終わりに喜助が奥から、一護に頼まれた物を出してきた。それは花火パックと書かれていて、線香花火や手持ちの筒花火が入った物だった。
「湿気ってるかも知れませんけど、本当にいいんスか?」
「あー、ダメならそん時だ。悪ぃな、もらってくわ」
 
 がらりとガラス戸が開くと、ルキアと織姫がひょこっと顔を出した。
「黒崎君、もうそろそろ行かないと、土手側場所なくなっちゃう」
「おー、そうだな。じゃあ、またな!」
 そう言って一護は花火を近くで見るため仲間たちと向かっていった。
 
 二人きりとなった小さな商店の中で、テッサイが作っていった晩御飯を食べ始める。
「今日花火があがるなど知らなかったぞ。言ってくれても良かったのに」
 白いご飯を頬張りながら、向かいに座る喜助に問う。別に問いただすつもりはない。けれど花火は好きなのだ。喜助もそれを知っているはずなのに。
 
「あれぇ、知らなかったんスね。毎年この日に上がるんスよ」
「そうだったかの」
 毎年同じ日にここに居るわけではない。なんとなくむすっとしてしまう。
「縁側からも見えますから、一緒に見ましょう」
 
 
 夜19時30分から予定通りに始まった花火大会。
 
 群青色の空に咲き出した光の花。大きな響きを轟かせて、夜の闇を一瞬一瞬染めて行く。
「小さいけど、綺麗っスね」
 酒が苦手な儂にはお茶と、喜助には缶ビール。おつまみは枝豆で、蚊取り線香の匂いと電気を消した縁側。
夕闇に浮かんでは消える、色とりどりの儚き輝き。それは、懐かしさと一抹の切なさを感じさせる。
 
「本当はね、あの頃を思い出させてしまうと思って、黙ってました。どっちが良いのか判断に迷いました」
 
 あの頃、そう精霊廷での日々。
「そうじゃの・・・、やはり少し思い出してしまうの」
 
 昔、夜一がまだ小さい頃、花火は広い屋敷の最上階で従者に囲まれて遠くから眺めているものだった。
 その頃の夜一には花火の美しさは、あまり心に響くものではなかった。職人の熱意も知らなかったし、儚くすぐ消えてしまう花火に残念さすら覚えた。
 
 それを変えてくれたのは花火師・空鶴だった。
 
「なんでぇ、花火の醍醐味を知らないなんて、何てもったいねぇ奴なんだ!花火は真下で見てこそだ。おら、来いよ!本物の花火をみせてやるよ」
 
 気風の良い、女花火師に連れられるまま、打ちあがった大玉の花火。
腹の奥に響くような打ち上げ音と、眼前に広がるキラキラと輝く火花。
あんなに刹那しか輝かなかった花火は、いつまでも火の粉を燃やし、輝きを保つ。
次々にあがる花火。百花繚乱の輝きに、心の底から美しいと感じた。
 
花火を見終わったあと、空鶴は大きな笑顔を浮かべて夜一に楽しそうに言った。
「どうだ、すげーだろ?」
確かに凄かった。
四楓院家で見る花火とは格段の違いがあった。
初めて美しいと思った。
 
あれから、毎年花火の時期が来ると、その真下で楽しむようになった。
それでも隣にいる人は変わらない。
 
「綺麗よのぅ・・・」
「・・・ええ。そうっスね・・・」
 夕闇の中、儚き光に目を奪われながら、そっと手を繋いだ。
 
おわり