彼は巻きついた両腕を優しく外して、その手を引いて胡坐の上に誘導した。
「此処においで」
胡坐の間に空いた隙間に座らせ、横抱きに抱えるように腕の檻に閉じ込められた。
少し上を向くと、彼の顔がすぐそばにあって、なぜか直視できない。
彼が少し下を向いた途端、唇が重ねられた。
「もう少し待っててくれたら、もーっとイイコトが待ってますよン。だから大人しく此処に居て?貴女がそばにいると、アタシ安心して集中できるンですから」
そんなの・・・、言い訳だ。のせようとしてるだけのくせに・・・。
「・・・いやじゃ」
「お願いっス」
ぎゅっと抱いて、もう一回口付ける。さっきより少し長く。そして甘く・・・。
その頭の中では、もう既にさっきの設計図のことばっかり考えてるくせに。昔からそれは変わらないのに、いつもやっぱり寂しくなる。
「・・・嫌」
いつもは言わない我儘が口をついた。
予想外のことに、彼が少し意外そうな顔をした。そうしてにやりと笑みを浮かべた。
「相手にされなきゃ寂しいでしょ?いつもアタシばっかりソデにされてるンだから、たまには貴女が味わってよ」
「嘘じゃ、いつも儂ばっかり待ち呆けている!」
「へえ・・・、アタシそんなに愛されてたんスね。いやー、可愛い夜一サンが見られたなぁ。長生きするもんっスね。よし、この図面はまた後にするっス!」
今度は自分が目を丸くする番だった。自分のちょっとの我儘で、まさか彼が研究を中断するなんて。でも秘めた胸の内はやっぱり嬉しかった。
喜助は抱きかかえていた腕の力を強めて深く口接けきた。自分でもその首に腕を巻きつけて引き寄せる。
体をピタリと沿わせると、力強く抱き締められた。
しかし強引で性急な動きに、待ったをかけると今度は喜助が「嫌」と笑ったまま舌を捩じ込んで来た。
抱き締めていた腕は、既に悪戯を始めてる。
吐息も奪うほど間断なく繰り返される口接け。
苦しくなって顔を逸らそうとすることすら許さず、執拗に追いかけてくる。
我儘だけど、気持ちが追いつけない。
ただ、構って欲しかっただけなのだ。
「喜助、待て・・・!」
「嫌っスよ。据え膳食わぬは武士の恥っス。夜一サンが誘ったんスよ・・・」
困った顔を浮かべて見遣ると、同じく困ったように彼が溜息をついた。
「じゃあ本当に図面、もうちょっとで終わるから、少し待ってて?」
火照る頬を隠すように、しょうがなく一度だけ頷いた。
つむじにもう一度口接けが落ちたきた。
「分かったっス。じゃあ、ちょちょいと仕上げちゃうから、その間に覚悟してて下さいね」
「うむ・・・。では退けてるから、ちょっと放せ」
「何言ってるンすか、駄目っスよ。貴女はもうアタシの籠の鳥なんだから。此処に居て」
こんな至近距離で、彼の顔を眺めるのは気恥ずかしい。
けれど、肩口に頭を凭れかけると呼吸と共に喜助の匂いが心を満たす。
「・・・邪魔しないように出来るだけ、動かんようにする・・・」
「・・・貴女を邪魔だと思いませんよ」
心中でむしろ美味しいデザートだと舌なめずりしたのも知らず、特等席の甘い体温に酔いしれた。
<終>
別題:我儘お姫さんと腹黒策士・・・
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