「だぁからっ、そんなにくっつくなって言ってンだろーが!!」
「何を照れておる。これぐらいで照れとるようじゃ、おぬしもまだまだよのう!」
カッカッカ、と大きな口を開けて笑う女の方を、振り向こうにも振り向けない。
<ICE CREAM>
夜20時。とりあえず宿題を片付けた一護は、ベッドの上であぐらをかいて雑誌を見ていた。
そろそろ新しい靴が欲しい。できればそれに合うジャケットも。
ページをめくる指は、夜一の気配に気付いていた。
のんきに近付くそれは、戦闘時のような霊圧の張りがないものだから、声をかけられるまで放っておいた。
しかし、それがいけなかった。
声より先に、後ろから抱き締められる格好で、自分の顔の横から夜一の小さな顔がひょいっと覗いていた。
「何読んでおるのじゃ?」
背中にぎゅうぎゅうと押し当てられる胸に、さすがに顔が赤くなる。静かに離れろと言っても聞く耳持たず、上のような怒鳴り声になってしまう。
「大体、あんた何しに来たんだよ!」
夜一は体を離そうともしない。伸びてきた指が勝手にページをめくっていく。
「んー、別に用は無い」
「用は無い・・・って、オレ今雑誌見てて忙しいんだけど!」
「こんな事に忙しいなんて、可哀相なヤツじゃの。どれ、儂が相手してやる」
「だぁぁああ!邪魔すんなっての!つか、いい加減離れろ!」
一護が体をよじり、背中にくっつく夜一を振り解こうとしたが、夜一はそれすらも遊びと云う様にじゃれて纏わり付く。
「どうしたどうした。こんな事では儂は振りほどけぬぞ」
楽しそうに笑いながら、亀の甲羅のように一護の背中に抱き付く。
「あー、もーっ!!・・・」
一護が夜一の褐色の腕を強く引いて、合わせて自分の体も引いた。まるで、横投げのように夜一の体がベッドのスプリングに沈む。
上下が逆転して、一護が夜一をベッドに沈め、見下ろす形になる。
「黒崎さーん、夜一サン知りませんかぁ?アイス買いに行ったまま戻ってこな・・・」
窓からにょきっと生えてきた縞模様のお馴染みの帽子。
何で、このタイミング?
「あ、いや・・・、勘違いすんなよ?これ、違うから。夜一さんが悪いから!」
「嘘じゃ、喜助!一護のやつ、一丁前に儂の事・・・!」
「おい!嘘吹き込むんじゃねぇよ!マジで頼むから!」
「こんな体勢にしたのはおぬしではないか」
「や、そうだけど、元はといえば・・・」
言いかけて、全く大人気ない殺気を感じる。首がギギギと、ブリキの玩具のようにぎこちなく窓へ向ける。
「・・・黒崎サン・・・まずはその手、離してもらえませんかねぇ・・・」
静かで重い、地底の奥深くのような低い声音を耳に受けて、一瞬にして夜一から手を離し、ベッドの片隅へ引っ込む。
殺気の主は表情を扇子に隠したまま、ぎらりと光る片目が一護を見据える。
「・・・分かって頂けたようで・・・。夜一サンも、悪戯けは大概にしてください」
夜一は唇を尖らせ、むくりと起きると放っておいたアイスの入ったビニール袋を手に取った。
「つまらんの」
(つまんねぇじゃねェよ!アンタのせいでオレの寿命縮まりそうなんだから!早く帰れ!)
心の中で叫ぶ一護をよそに、目線の先の女性はガサガサと袋を手探る。
「本当はの、くじ引きで当たったから、おぬしにも一つやろうと思って立ち寄ったのじゃ。ここに置いておくからの。溶けぬうちに食べるのだぞ」
「お・・・、おぉ」
夜一は浮かない顔のまま、袋からゴリゴリ君というアイスキャンディを置いて、元来た窓から飛び降りていった。
置かれたアイスから目線を上げると、殺気は消えたものの、黙ってこちらを見ている喜助と目が合う。
「・・・良かったですねぇ、黒崎サン。是非食べてあげて下さい。・・・そんじゃあ、アタシも戻ります。」
いつもの調子で笑ったような声で言うから、身構えていた一護は拍子抜けた。
その瞬間、重黒い霊圧がズン・・・と一護の肩に圧し掛かる。ビシッと背筋に鋭い寒気が走る。
「そうそう・・・黒崎サン。アタシの女に手ェ出すなら、死ぬ覚悟、して下さいね」
言うだけ言って、重い霊圧はその姿と共に消えた。背筋を伝う冷汗は、自分が被害者だと強く叫んでいた。
ふーっと長い溜息を吐き出すと、ばーんと部屋のドアが開いた。
「一護!今の霊圧は何事だっ!」
入浴後の湯気が立ち上るまま、頭にバスタオルを巻いたままのルキアが飛び込んできた。
「・・・別に。なんでもねぇよ」
「何でもないわけないだろう・・・、ん?おまえ、そのアイス一人で食べるつもりか?そんなの冷凍庫に入ってなかったぞ。隠してたんだろ?それで気まずい顔しておるのではないか?」
全くの検討違い。これのせいで、晩夏に恐怖体験を味わったところだ。折角の好意といえど、食べる気がしない。
「ルキア、おまえこれ食っていいぜ。っていうか代わりに食ってくれ」
「変なヤツだな。隠していたのではないのか?」
そう言いながらも、ルキアは早速包み紙を開けていた。何だか無性に疲れてしまった。
「オレ、風呂入ってくるわ・・・」
「のう、寄り道して悪かったと言うておるじゃろー、そんなにヘソ曲げずとも良かろ?」
すたすたと歩みを進める喜助についていく夜一も自然と早歩きになる。
「こんなこと前にも何度かあったの。その度ヘソを曲げて、しばらくイライラして。そうじゃ、白哉をからかって遊んでおった時もそうじゃったの」
喜助は横からこちらを見上げてくる夜一にすっと冷たい視線を流した。相変わらず黙ったままで。その顔に、夜一もムスっとしてしまう。
「・・・もう、こんな事くらいで怒る喜助なぞ嫌いじゃ!」
言い捨てて、瞬歩でその場を立ち去ろうとした夜一は、腕を強く掴まれ動きを阻まれた。
「気に食わないンですよ。自分の分をあげるくらい、黒崎サンに会いたかったんですか?」
「それは・・・。自分の分はもう食うたのじゃ!」
「嘘吐き」
引き寄せられた腕に、強引に重なる唇。甘い味を探すようにねじ込まれた舌が、入念に口腔内を調べてゆく。彼女の好きなバニラの味はしないから、あっさりと嘘を見破られる。
ほら、というように離れた顔は、未だ冷めたままで。
「・・・一護が可愛いのは確かじゃ。・・・会いに行くのは儂の自由じゃろ?」
「いい加減にして、正直に言ったらどうです?当てつけなんでしょ?昼間、アタシが他の女と親しげに話してたから」
掴まれていた腕がピクリと動いてしまった。
本当は喜助の分のアイスをあげたのだ。当てつけのつもりで。そこまでは気付いていないようだけど。
「黒崎サンを可愛がるのは構いませんけど、自分の女が他の男とじゃれてたら、こっちだって腹たちますよ。アタシが嫉妬深いこと、知ってるでしょ?」
それでもやめられない。これが一番効果的なのだ。嫉妬深いのは、喜助だけではない。
彼女は焦れる喜助の静かな炎も好きなのだ。アイスクリームのように、体がトロリと蕩けそうになる。
ニヤリと口に弧を描くと、片手に持っていたアイスを掲げて見せた。
「もう一度口接けたら、溶けるかのぅ・・・?」
「・・・それだけじゃ、アタシの機嫌は直りませんからね」
そう言った喜助の唇を塞いだ。
「イジワルじゃの。なら、また一護の所に戻ってしまうぞ?」
面白くなさそうに目を細めた喜助は、掴んでいた腕から柔らかな掌に降りて、指を絡める。
「・・・口移しで食べさせてくれるンなら、少しは機嫌、直るかも」
夜一は微笑んだまま、その指に力を込め握り返した。
<終>
まぼろしさんのリクで一護と仲良くする夜一サンに嫉妬する喜助どんでした。素敵リクエスト有難うございました!私は一護にとって夜一サンと乱菊さんはお姉ちゃん的存在と思っております。
ハーゲン○ッツのCMを見て、「これだ!」と甘めを目指したんですが、一護がただの被害者になってしまいました・・・。こんな半生作品ですが、喜んで頂けると嬉しいです!!個人的にクッキー&クリームが好きです。