少し先の未来へ

それは十五年前の話。

「一心サーン、お子さん生まれたンですってね~」
下駄と縞模様の帽子を標準装備した、ある駄菓子屋の店長が黒崎家を訪れた。
通されてもいないのに居間に進むと、目の前に腰掛けられる。
「おう、テメーか。つか、勝手に入ってくんな。・・・まぁいい。で、こいつが俺の息子で一護ってんだ。どうだー、真咲に似て可愛いだろー」
「本当可愛いっスねー。アレ、奥方は?」
「今寝てる。授乳が二時間毎で、寝不足なんだよ。産後間もないしな」
 
「・・・で、抱っこさせてくれないンですか?」
一心の前で両手を差し出して随分待っていたものの、腕には一向に何の感触もない。
横目で、じぃ・・・っと浦原を見て、その後プイっとよそを見た。
「テメーに触らすと、何かされそーだから嫌だ」
「そんなぁ、何にもしませんて!」
父親の顔には正直に、えー嫌だ、と顔に書いてあった。
 
そんなおふざけをしたが、結局浦原の腕に生後間もない一護が招かれ、大人しく眠っていた。
「かーわいいっスね~」
抱きなれていないせいか、居心地悪そうに少しもぞもぞと動いたが、泣きはしなかった。
「女の子じゃなくて残念でしたね。奥方似の可愛い女の子、欲しがってたでしょ」
「ま、次だな。男の子は大きくなりゃ可愛くねーけど、今は可愛いモンよ」
「そうっスねー。でも奥方、取られちゃいますね」
そうと分かっている。からかわれているのも分かる、けどそれを思うと一心はムスっと頬を膨らませた。
「あー、そんな大人気ないいじけ方止めて下さいよ。アナタがやっても全然可愛くないし」
「うるせっ。つーか、それ返せ」
渋々、小さな一護を差し出した後、浦原は自由になった手で一護のすべすべの頬を押して感触を楽しんでいた。
ぷにぷに、ぷにぷに。
一護はむずがったが、大きな欠伸をすると眠った。
 
「あー、なんだかアタシも赤ちゃん欲しくなってきたっス」
「女みてーなこと言うんじゃねぇよ、気色悪ィ」
「ヒドい!でもこぉんなに可愛いーなら一匹ほしいなぁ」
「猫じゃあるめーし、一匹とか言うなよ」
「・・・アタシも、お目眼がクリクリした黒猫のような女の子が欲しいっス~」
「誰かに産んでもらえばいいじゃねぇか」
毛深い腕の中ですやすやと眠る天使のような赤ちゃんに、語りかけるように話す。
「産んでくれるンでちゅかね~?色々難しい事ばかりでちゅからね~」
「マジに気色悪いからやめろ。お、一護がむずがりだした。わりーけどおっぱいの時間だわ」
ほぁぁあ、と元気な声で泣き始めた赤子は、当然浦原の悩みなど聞いてくれなかった。
「そんじゃ、アタシは退散しますかね。じゃあ、一護クンに一心サン、また」
「おお、じゃあな」
玄関から浦原を見送ると、彼は来た道をまたゆらりと戻っていった。
 
その晩。
「夜一サーン、アタシ赤ちゃんが欲しいっス」
「おぬしが産むのか?おぬしの技術力もそこまでいっておったとは、儂もびっくりじゃ!」
せんべいを食べる手を止めずに、テレビを見ながら返答する女性。そのくびれた腰にスルリと両腕を回す。
「夜一サンにアタシの子、産んでもらいたいなぁ」
「儂なんだか最近、耳の調子がおかしくての。おぬしが何を言っておるかさっぱりわからん」
「もー、聞こえてるくせに。意地悪っスね!」
甘えるように体を寄せて、その首筋に唇を沿わせる。夜一の耳元に来た唇は、そっと懇願を囁く。
「ねぇ、お願い。アタシの子産んで」
ふーっ、と大きな溜息が彼女の口をつく。
「・・・・・・色々、事が片付いてからな」
彼女がせんべいを食べる手は止まらない。くりくりと大きな瞳もテレビに釘付けになったままだ。
けれど、ぼそっと言われた言葉は、彼の耳に案外優しく響いた。
「あーア、やっぱりそう言うと思った。そんじゃあ、その色々な出来事をやっつけるために、研究でも続けますかねぇ」
夜一の頬にちゅっと口接けると、体を離して自室へと向かっていった。
彼女は相変わらずそのままだったが、ほんのり耳が染まっていた。
 
浦原は黒崎親子を思い出しつつ、難しい設計図の前に座る。
「よーし、そんじゃアタシも頑張りますかね」
少し先の未来のために。
 
<終>