口接け

 

あぁ、もういい。十分だ。他の女と唇を交わしている姿なんて見たくない。
喜助は気付いている。
分かっていて見せ付けている。これを見せ付けるためだけに、儂を呼び出した。
見知らぬ他の女と口接けながら、その冷たい双眸はこちらを見据えていた。
二番隊敷地の竹藪。ここは儂の預かる場所なのに。
制止の声すらあげられない。
女の顔は恍惚と、陶酔しきっていて、喜助の真意など知る由もない。
儂への当てつけなのだ。
喜助の度重なる想いの告白を、無碍にしてきた報い。
だって、仕方が無いではないか。
貴族の当主として自分を律し、家と世間体のためだけに生きていかねばならないのだから。
喜助と家とを量りにかけて、女の心情を挟むだけの余地すらないというのに。
おぬしに偏っている心。けれど、自由を選べぬ苦しさからすれ違う想い。
 
儂の呼吸は浅く、速く。口元が悔しさに歪む。
見透かしているくせに、今気付いたように女から顔を離した。その眼は挑むようにこちらを見たままで。
「あらァ、夜一サン。こんなところにいらっしゃるなんて思いもしませんでした。マズイところ見られちゃいましたねぇ」
ようやく儂の存在に気付いた女は、はっと顔を赤らめ喜助の後ろに身を隠した。
ああ、イライラする。何もかもぶち壊したい。呼び出したくせに、減らず口を叩きおって!
「ふん、おぬしが呼び出したんじゃろ!全く、こんな夜中に逢引とはの。明日の業務に支障が出なければ良いがの」
「あれ、ボク呼び出しましたっけ?何だったかなぁ。まぁ、明日ボク達非番なんで、ご心配には及びません」
カッと頭に血が上る。“ボク達”などと言うな!
ざわついた儂の霊圧が、深海のように重くさざめき立つのを止められない。
女はゾクっと恐怖に背筋を震わせ始めた。それを宥める様に、喜助が矢面に立つ。
喜助と儂の視線が絡み、強い火花が散る。
「すいませんが、先戻っていて下さい。話し合うこと思い出したんで・・・」
喜助は女の方を振り向きもせず、言ってのけると、女は震える頭で首肯して逃げるようにその場を去った。
 
 
「・・・ボクが、誰と何をしようとアナタには関係ないでしょ?いちいちそんな風に威圧しないでもらえます?」
「おぬしこそ・・・。こんな風にわざと儂を煽るような事、止めるんじゃな」
不機嫌な声の応酬。暗い竹藪に鋭い風が横切る。
「嫌だなぁ、わざと煽るだなんて人聞き悪い。由緒正しき四楓院家のお姫様は、こんな一死神の挑発になんて乗らないでしょ?ボクの唇なんて安い物、欲しいわけが無い。そうでしょ?だったら、安売りしたっていいじゃないスか」
「・・・そんなの儂の知ったことではない。儂が言いたいのは、儂の行く先々はおろか呼び出してまであんなもの見せ付けるなと言いたいのじゃ!」
「すいませんねぇ・・・。でも言わせてもらいますけど、それこそコッチの知ったことじゃない。ボクを振ったアナタにはまったく関係ないでショ」
パン!
気付いた時には喜助の頬を打っていた。掌がジン、と痺れる。
喜助の瞳はとても鋭く、儂を睨む。おぬしなら避けられた筈なのに、何故受けた?
「ねぇ・・・、何感情的になってるんスか?はっきり言えばいいでしょ、他の女を見るな、って」
「な・・・んじゃと・・・?!」
打たれた頬の内側が切れたらしい。草むらに少量血を吐き捨てて、見下すように眺められる。月を背負った長身から不気味な威圧感が放たれる。
「お家の為色々制約がある事だって分かってますよ。でもボクのこと好きなんでショ?二人で考えればいい事なのに、ボクの想いにさっぱり応えようとしない。でもボクを束縛したい。自分勝手ですよねぇ・・・、ホント」
「儂はおぬしなど想っておらぬ、と何度言ったら分かるのじゃ!」
認めない。そうやって自分自身やおぬしを偽ってきたのに。どうか、これ以上言わすな。胸が張り裂けそうに苦しい。
「・・・嘘吐き。本当かどうか、試してみましょうか?」
「なに?」
 
問いただす前に、強く腕を引かれた。
その胸板にぶつかったと思った次の瞬間、有無を言わさず唇を奪われた。
予期せぬ口接け。
さっきの女が触れたそれ。
嫌じゃ!そんなの・・・!
もがいても振りほどけない。それどころか強く抱きすくめられ、頭を固定される。
首を振って逃れようとしても、何度も執拗に追ってきて、唇を吸う。
口の端から飲み込めなかった唾液が溢れて零れる。
「やめ、・・・ンっ!んぅ・・・」
先ほど見せた、触れるだけの口接けなどママゴトだと知らしめるように。深く。
湿った内側を舐め上げては、何度も何度も角度を角度を変えて、一番深く繋がれるように探る。
触れ合った胸から焦げるほどの熱が一気に燃え盛る。
喜助の匂いも、味も、肌の熱も、呑み込んでしまう。
逃げられなくて、それどころかどんどん追い詰められて、でも背中がゾクゾクするのを止められない。
自我に関係なく力が抜けていく・・・。
 
抱き締められたまま、頬を擦り合わせて、そっと耳元に低い声が響く。
「あは・・・っ、本当嘘吐き。こんなにもボクが欲しいくせに」
甘い呪縛に捕らえられて、隠していた本心が震える。
火がついた体温はどんな言葉より正直に、本音を伝えていた。
「・・・喜、すけ・・・」
月光の影となった瞳を探すように覗き込む。口元は大きな三日月。
「分かったデショ?・・・さ、今すぐアナタを頂戴」
当主としての理性が頭の片隅で金切り声を上げたけれど、熾った熱がそれを燃やし消した。
言葉など要らなかった。
見つめあった互いの瞳が蜜のように蕩けていた。
その瞳がどちらともなく下ろされて、再び奪い合うような唇が重なった。
 
<終>
喜助さん黒いわぁ・・・。あてつけに使われた女性隊士は健気に待ちますが、その頃喜助はようやく想いを共に出来た夜様とニャンニャンしております。こんな悪い人に見込まれた夜姫様もお気の毒だわぁ。(というか、ringoの中で喜助どんは黒推奨です・・・←すいません)