Before happy birth day

 夏も近づいてきた6月のある日。お腹の大きな女性が庭に洗濯物を干していた。

 梅雨の中休みで、今日は良い天気。久々の眩しい太陽を仰ぐと、てきぱきと洗濯物を干していく。その姿を家の中からちらりと見ては去り、またちらりと見にくる夫に目もくれず、大丈夫ですよーと言っては洗濯物を干しつづけた。すっかり空になった籠を脇に抱え、家の中へと入っていく。
 夫は尚もうろちょろと妻の様子を窺っては、妻の一挙手一投足を冷や冷やしながら見ている。そんな夫に呆れつつも、微笑が禁じえない。
「あなた、本当に大丈夫ですから仕事に戻ってください。今からこれじゃあ先が思いやられますよ、お父さん」
 最後の言葉に頬を赤らめて、もう一回言ってと強請る。
「お父さん」
「ああー、良い響きだ!お・と・う・さ・ん!」
 身悶えしている夫に、やれやれと思いつつも、彼女自身それを楽しんでいた。
 ふぅと溜息を付きつつソファに腰掛ける。
 随分大きくなったお腹を撫でる。来月はいよいよ臨月だ。
「あ、今蹴ったわ」
 夫は慌ててしゃがみこみ、そのお腹に耳を当てる。
「どれどれ?ハロー、パパでしゅよー」
 声に反応したのか、ぽこん、とまたお腹が蹴られた。
 可愛いなーとでれでれしながらお腹を撫でる。そんな夫を愛しそうに見ていたが、時計が10時を知らせてはっとする。
「一心さん、診察時間ですよ。さぁさ、戻って戻って!私は少し休みますから」
 未練がましく何度も振りかえりながらも、しぶしぶ診療所へと戻っていく。妻が少し休むというから、安心したようだ。
 そんなに私、ドジじゃないと思うんだけど。一心さん過保護ねぇ。
 妊娠が分かってからの彼は本当に過保護だった。
 妊娠初期のつわりは結構重かったし、初めての子だから心配なのはわかるけれど。
 手荷物は全て奪われ、段差に気をつけろと散々言われ、家事は俺がやるから座って居ろと無理矢理座らされたこともあったっけ。
 助産師さんに、家事などの適度な運動は妊娠中毒症の予防に良い、と言われてやっと了承していたことも思い出す。
 今思い返すと、どれも笑えるエピソードだ。
「困ったおとうさんですねー」
 ぽこんとキックで返事をするお腹の子に、いいこいいこするように優しくお腹を撫でる。
 ほんの9ヶ月前はまだ、豆粒よりも小さくて。それがどんどん大きくなって、初めて超音波でこの子を見た時、ああ、ここに居るんだ、と泣きそうになった。小さな心臓がとくとくと頑張って脈打っている。1ヶ月毎の検診で、成長していく我が子を見て、一心さんは嬉しそうに私の手を握る。性別が分かった時も、何でか泣きそうになってたっけ。
 超音波から聞える心音。
 お腹を蹴る感触。
 大きくなる乳房。
 この子はここに居る。
 母親になる不安とそれに勝る大きな喜び。
一緒に親になっていこうとしてくれる彼に、愛しさと感謝。
「私、頑張るからね。来月会おうね。君に会うのを楽しみしているよ」
 胸に溢れる思いは、歓喜と愛情。
「真咲―――――!!」
 突然現れた夫にも動じない。けれど、滂沱の涙を流しつつ、妻の胸に顔を埋める夫に今の言葉を聞いていたな、と勘が働く。
「父さんは、今すぐにでもお前に会いたい!!」
 お腹に向かって言うものだから、本当に夫もこの子の誕生を心待ちにしている様子が手に取るようでつい笑ってしまう。
「はいはい、でももう1ヶ月待って下さいね。今生まれたら、保育器行きになっちゃうかもよ」
「それは嫌だ!いいか、1ヶ月後だぞー、間違うなよー。1ヶ月後だぞー!」
「もう。ふふふ」
 今日は快晴。もう直梅雨が明ける。そうしたら、この子がやってくる。
 ――――頑張るからね。
「無事に生まれてこいよ」
「無事に生まれてきてね」

一護――――。

<終>

既に名前が決まっていたかは定かではないですが・・・。ringoは出産っていうのがすごく感動してしまいます。友人は鼻から冷蔵庫が出た感じとかいってましたけど・・・。真咲さんも頑張ったから一護が生まれます。良いね~、出産。冷蔵庫級だけど。