昔日(せきじつ)

 

「喜助なんて、嫌いじゃ!」
幼馴染の可愛い女の子はこうやってボクをいじめるのが常だった。
遊びでも、かけっこでも、鬼道の技もボクに負けるのは我慢できないみたいで、いつも理不尽に嫌われた。
瞬歩も彼女に追いつくと、悔しそうに唇を噛んで、大きな瞳に大粒の涙を浮かべていた。
そうして上の科白を言うのだ。
幼いボクの心に、その言葉はいつも矢のように鋭く刺さった。
わざと負けても怒られて、勝ってしまうと嫌われて、ボクは彼女をどうしたら喜ばせてあげられるか分からなかった。
どうしていいか分からないから、彼女を避けるようにして違う子と遊ぶと、
「駄目!喜助は儂と遊ぶのじゃ!他の子と遊んではならぬ!!」
と言って、やっぱり大粒の涙を零しながらボクの腕を引っ張って、他の子から遠ざけた。
 
 
「夜一さんはボクのことが嫌いなのに、ボクが他の子と遊ぶとどうして怒るの?」
双極の丘の下にある森がボク達の遊び場だった。そこで二人で大きな岩に並んで座り、困ったボクは彼女の頭を撫でながら尋ねた。
「喜助は儂のものじゃ。他の子とは遊んではならんのじゃ!」
さもそれが正しいとばかりに言われても、納得できなかった。
「ボクだって、他の子と遊びたいよ…。だって夜一さんはボクのこと沢山嫌いっていうから嫌なんだもん」
その時の彼女の顔は大きい目を一杯に広げて、眉根を寄せて、口を開いたり閉じたりしていた。
ゆっくりと泣き顔に変わっていく表情の変化が、ボクに溜息を付かせた。
あぁ、また泣かせちゃった。多分またきっとボクなんて嫌い、って言うんだろうな…。
 
それでも、返ってきた答えに今度はボクが驚いた。
「嫌いじゃないもん…。いっぱいいっぱい嫌いって言ったけど、悔しかったんだもん!本当は…、本当は、喜助が大好きじゃ…」
やっぱり目から涙をぽろぽろ零して、喉をひくひくさせて。でもボクを好きって言った。
「…儂を嫌わないで…。もう儂と遊ばないなんて言わないで…」
小さい肩を震わせて、握った拳で何度も涙を拭いながら、震える声はボクに届いた。
「本当に、ボクのこと、好き?」
しっかりと頷いてくれた。ボクはさっきまでモヤモヤしていた気持ちがすっきりして、そしてどんどん嬉しくなった。
「ボクも夜一さんが好きだよ。ねぇ、お願いです。もうボクを嫌いだなんて言わないで。夜一さんに言われると、ボクはとっても悲しくなるんだ」
「うむ、分かった。…これからも儂と一緒に遊んでくれるかの?」
「うん、もちろん!じゃあ、丘の上に登って遊ぼうよ」
ボクがそういうと、彼女は太陽みたいな目をキラキラさせて、向日葵みたいに笑った。
それから手を繋いで、笑いながら一緒に丘に登った。
 
<終>