・羽化 3・

 

「喜助…解いてくれ」
硬く結ばれた手首を差し出す。
「嫌っスよ。逃げる気でしょう?」
「のぅ・・・儂の腕に甘く抱かれて達したいと思わんか?おぬしは儂の中に居るから逃げてももう意味がない。助けも呼ばないし、抵抗もせぬ。…だから、の?これは“合意”なのじゃろ?」
必死だった。もう抱かれている事実は変えようが無い。でもこんな時でも、四楓院の呪縛は儂に最悪を回避せよと命じるのだ。
「もー…、ずるいヒトっスね。ボクの気持ちを知ってて言うんだから」
非難じみた視線に苦笑を投げかける。それでも、ようやく束縛された両手は自由となった。腰紐を放り捨てざまに、喜助は腕を強く引き寄せた。
「今更両手を解放させる意味、わかってますよ。何の算段か当ててあげましょうか?」
儂はぎくり、と体をこわばらせた。喜助は聡い。体を繋げている今ですら、どうして理性を失ってくれない?
「大貴族の可愛いお姫様は、ぱっとしないボンクラの幼馴染の度重なる強姦に、妊娠させられることを怖れてる。…でしょ?」
妊娠を避けようと、中で出されないように考えていることを指摘され、胸が詰まった。確かにそれを怖れている。けれど、違うのだ。初めての時のことも、強姦だと思っていたことに衝撃を受ける。あれは、あれこそは合意だった。言葉で確認しなくても、儂は抵抗しなかったのに。それに、ぱっとしないボンクラなどと、思ってなどいないのに!
「違う…!儂はおぬしをそんな風になど…!」
言いたいことが波のように募って、でも何を言っていいのかわからなくて。
「そんなこと、どうでもいいんスよ。ねぇ、夜一サン。本当にボクの子孕んでよ。あの家に帰れなくなってよ」
家。四楓院家。もし儂が喜助の子を産んだら、間接的に喜助をあの家に縛り付けてしまう。
儂は喜助に隠密機動総司令官を任じねばならない。喜助に、あの仕事はさせたくない。血に汚れるのは儂だけでいい。喜助の自由を奪いたくない!
…それなら憎まれ口を叩くしかあるまい。
「何じゃ、怖気づいたのか?家や子など持ち出して縛るのではなく、おぬしの儂への情熱で教え込めばよかろう」
応えはなかった。ただ暗闇のなか、喜助が笑った気がした。
そうしてまた、唇が重なる。今度は抗わない。
あぁ、好きじゃ。あのままおぬしに犯されておっても、おぬしを嫌いになどなれるはずがない。
儂が四楓院でなければ、もっとおぬしを喜ばせてあげられていたのに。
いっそ記憶を消して、どこかに攫って欲しい。
 
言葉の消えた室内は弾む吐息に支配され、汗と噎せる様な情交の匂いが満ちる。
喜助を全身で感じて、引き攣れそうな爪先が何度も畳の床を引っ掻く。
体位を入れ替え、床に組み敷かれた儂に降る喜助の汗は量を増し、背中にしがみついた手が滑ってしまう。諦めて、床に投げ出すと、腰を掴んで揺すっていたその大きな手が、儂のそれに重なって、指を絡めて強く握った。
思考もなにもかも放り出して、情事に溺れる。
でも、もういい。喜助を此処まで駆り立ててしまったのは儂のせいだ。儂が、喜助の気持ちを見て見ぬフリをし、己の使命との狭間で揺れていたから。
もういい。
動きが早まって、喜助の口からもうめき声が漏れる。
「喜、中は…やめっ!」
「イヤ」
 
「もし、あなたが家のため他の誰かを選ぼうとするなら、アナタを攫って閉じ込めます。誰も追ってこれない場所まで、アナタを連れて行く。地位とか名誉とか、綺麗な羽をつけても、それを捥いでアナタを縛り付けるっスよ」
「おぉ、怖い怖い…。だが、おぬしがわざと悪役になる必要はない。もういいのじゃ。もう儂はおぬしを避けぬ。決めたのじゃ、もしこの先、家とおぬしのどちらかを取らねばならぬ時が来たら、儂はおぬしを取る」
驚いた顔をした。予想外の答えだったのだろう。
「儂はおぬしを愛するしか能のない、愚かな女に成り下がったのじゃ。しっかり責任取るのじゃぞ?」
驚き、そのあと嬉しそうにはにかんだ顔喜助の顔が、今も忘れられない。
 
それから数十年の時が流れて、儂は喜助と共に現世にいる。
どの世界でも月は変わらず儂らを照らす。
「そんなに夜風に当たると、体冷えるっスよぉ」
初夏の夜、裸でいた儂は別段寒さを感じなかったが、抱き締められたその温度で冷えていたこと知る。
「ほら、もーこんなに冷たい。さっきはあんなに熱かったのに」
ふふ、と微笑だけで返す。喜助の横目がちらりと月を捉えた。
「…月に帰りたい?」
「…おぬしが暖めてくれぬのなら帰るぞ」
今度は喜助が笑った。ゆっくりと首をめぐらせ、近付いた顔に二人でくすりと笑うとそっと瞳を閉じた。
「帰さない」
口接けた唇の熱は今も昔も儂を溶かす。
 
<終>
 
終わり方は好きなんですが、真ん中がどうもドロドロしてるなぁ。あぁ、消化不良!すみません!絵に描いてたほうがスッキリまとまっていることに、文章力のなさを感じます。