全てを包む空に

 

藍染謀反の一件が過ぎ、ソウルソサエティは復興へ向けて修繕を開始した。四番隊救護舎の個室から傷跡を直そうと働く隊士たちを見ながら、こうして加療をしている自分の体の細胞に照らし合わせる。
 
「朽木隊長、お加減はいかがですか?」
優美な微笑みを湛えて、この四番隊の責任者が見舞いに来た。
「ああ、問題ない。傷の痛みもさほど辛くはない」
「それは良うございました。しかし、表面の傷は結合していますが、組織の結合はまだ脆いので無理はなさらずに安静にしていらして下さい」
「隊長―!卯の花隊長!!また十一番隊の隊士がー!」
だだだ、と廊下を慌てて駆けてくる音がする。
「これ、勇音。朽木隊長の前で何ですか。失礼ですよ」
「あっ、すみません朽木隊長!あの、あのでももう手が付けられなくてっ…」
「仕方ありませんね。私も向かいましょう。では、朽木隊長。失礼致します」
互いに会釈のみ交わし、部屋の戸が閉められた。
再び窓に視線を送った先に、見知った姿が映った。
 
「…四楓院、夜一…」
「加減はどうじゃ白哉坊。見舞いに来たぞ」
「話すことは何もない。去るがよい」
「まったく、いくつになっても可愛げないのう。憧れのお姉さんが来てやったというのに」
白哉の額に青筋がうっすら浮かんだ。
「たわけたことを言うな、化け猫が」
夜一のニヤニヤ緩んでいた頬が、すっと笑みを消した。近付くことなく、そのままの立ち位置で。
「のう、おぬし、本当に儂が死んだと思っておったのか?」
白哉は彼女を一瞥すると、窓枠に切り取られた青い空に視線を移した。
あぁ、あの時もこんな空をしていた。
何かを無くす時はいつも青空だ。
「死んだと決め付けてはいない。死んだものと思って過ごしていただけだ」
でなければ、居ない相手に依存してしまう。それでは強くなれなかった。
罪人になった夜一を信じられなかったし、信じたくなかった。けれど、その真相を探る術も当時は持ち合わせていなかった。
おかしいと思いながら、家のために口を噤んだ。
「…つらい時にそばに居てやれぬですまなかった…。おぬしのことは幼い頃から知っておるのに、結局何もしてやれてない」
緋真を亡くした時のことか、それとも前六番隊隊長で祖父である朽木銀嶺を亡くした時のことか、わからない。
けれど、戦闘での傷がそうさせるのか、義妹を護ることができたからの安堵か、白哉はただ静かだった。
「互いの運命があるだけだ。気に病む必要はない」
「ほう…成長したの、白哉」
そうして夜一はまた微笑んだ。流れた時間と経験が白哉を育てていた。
「まだ罪状が晴れたわけではないのでな、儂は現世に戻る。何かあれば訪ねてくるがよい」
そう言って、彼女もまた個室の扉を開けようと手を伸ばした。
視線はこちらを向かず、それでも声は夜一の耳に届く。
「いずれは戻るのか?」
「さてのう。儂はこっちの気ままな生活の方が性に合うてるようでの。まだわからぬ」
「そうか」
ただ、それだけの会話だった。扉が閉まる頃には夜一の気配は既にこの四番隊救護舎より離れていた。
 
青い空は表情を変えずに、白い雲だけがゆうるりと形を変えて動いた。
けれど、白哉の瞳には寒々しい青ではない優しい水色に見えた。
 
再び個室の扉が開かれると、そこには副隊長の阿散井恋次。義妹のルキア。大切な物を護ると豪語してみせた現世の少年・黒崎一護。
「ギャーギャー騒ぐんじゃねぇぞ!隊長は今安静が必要なんだからな!」
「一番オメーの声がうるせぇよ、恋次!」
「二人とも兄様の安静の邪魔をするなら出て行け!」
次は私が見守る番か。聞き分けが無くて、自分の信念にうるさいが、私も似たような物だったのかも知れんな。
 
失うだけではなかった。新たに得た物もある。
緋真、青空にも様々な顔があるようだな。おまえも見ているだろうか。
今日は、とても穏やかだ。
<終>
 
そのあと、三人でギャーギャー言い合って、白哉に百雷を打たれるのです。もちろんルキアには当たらないように。夜一への思いはきっと本物の姉弟に近いような感じがします。
見守られる番から見守る番へ。という感じで。
十六夜様、リクエスト有難うございました!