・風呂での話・

 

あいつは、そこらの女よか色気がある。
誰のことかっちゅうと、浦原喜助のことなんやけど、こいつがムカつくくらいモテんねん。
女にも、――――男にも。
 
「平子サーン、瀞霊廷に新しい銭湯が出来たみたいなんスけど、一緒に行きませんかぁ?」
夕餉の後、風呂桶と手ぬぐいを持った喜助に誘われて、瀞霊廷の外れに出来たという銭湯に行くことになった。
「結構大きい風呂らしいっスよ。楽しみっスね」
 
全てが真新しいだけあって、小奇麗な印象の銭湯は上質のヒノキにこだわっているらしく、湯船や、湯気たちこめる蒸気がほのかな森の匂いを宿していた。
脱衣場にいる客もまばらで、まだそんなに混んではいなかった。
「空いてて良かったっスね~。ゆっくり入れそうだ」
そう言いながら死覇装の袷を寛げ、腕を抜いていく。露わになった肌は、白く肌理細やかで、思わず触りたくなるような質感だった。
男の肌に何を思ってるンや、オレ・・・。
そう自問自答しながらも、ついつい横目で覗き見てしまう。
「もっとヒョロヒョロなんかと思てた。案外筋肉あるんやな」
「ええ、よく言われます。ボクそんなにひ弱に見えるんスかね?」
「ひ弱っちゅーか、なんて言うンやろ・・・。まぁ、マッチョなイメージは無いわ」
女性的、中性的といいかけて、止めた。きっとこれもよく言われているのだろうから。
上半身裸で、袴だけの姿。しっかり張った男性的な腰もいよいよなめらかに見えてしまって、首を横に振った。
目を意図的に逸らすために、自分の髪を結わえる。その間に、喜助はさっさと浴室へ向かって行った。
数分遅れて入ると、奥の方で喜助を見つけた。腰掛けているのは人目に付きにくい場所なのに、周囲の視線がちらりちらりと喜助の背中を盗み見ている。本人はそ知らぬ顔で、持ち込んだ桶に湯を汲み、体に湯をかけ流す。
その横にどっかり座って、自分も同じ動作を繰り返す。それに気付いた喜助が、頭から湯を流しながら、「お先です」とへらりと笑った。
 
カポーンと桶の音や湯の跳ねる音が小さく響きながら、檜風呂に浸かると、一日の疲れが飛んでいくようだった。
ちらりと横目をやると、喜助もほーっと溜息を漏らしている。
小首を傾げるように壁に頭を預け、白い首筋が湯に濡れる。くすんだ金色の髪は雫を滴らせたまま上気した頬や、鎖骨に絡まる。
恍惚としたその薄い緑の目は、どこか遠くを見るように焦点の定まらない瞳を浮かべていて、房事の後を思わせる雰囲気だった。どこか熟しきった危うい匂いすら漂う気がする。
「・・・おまえ・・・よう言われると思うけど、女みたいやな」
「あは、ホントよく言われるっス。っていうか、昔は女の子によく間違われてましたよ」
「そうやろなぁ。白い肌に金色の髪の毛、小っさい頃は目もくりくりしてたんやろうしな」
「そうなんスよ。本当、イヤになるほどからかわれたなぁ。ボク、今もそんなに女っぽいッスか?」
女っぽいっていうより、変に色気がありすぎる。その横目使いも、首の傾げ方も、含みを持たせたような口元も。
「・・・おまえ、もしかして事後か?」
「当たり」
「・・・相手、四楓院の姫さんか?」
「そこは秘密っス」
ニヤニヤと意地悪く歪んだ口元が儚げな雰囲気を、婀娜っぽく変えていく。
「おまえ意識してるかしてへんか知らんけど、エロさダダ漏れやぞ。襲われても知らんねんぞ」
「はぁい、気をつけまーす。けど今日はボク、もう腰立たないっスよ。襲うなら別の日にして下さい」
「オレやない!オレはそんな趣味あらへん!」
「分かってますよォ、言ってみただけじゃないスか」
「おまえが言うとシャレにならんわ」
あはは、と喜助は楽しげに喉を鳴らした。
 
「実はね、平子サンに聞いて欲しかったんスよ」
風呂上りに髪を乾かしていた時だった。首だけ喜助の方に回らすと、飲み水を飲みながら俯き加減で微笑んでいた。少し寂しげな、懺悔するような口調。
「ボク、女みたいとか、女の子扱いされるのがそれはもうイヤでイヤで・・・。ある時のケンカで、それを言った子に掴みかかったんスよ」
「へぇ、男らしいやないの」
「・・・ふふ、そうでしょ?まぁ、男らしさを見せたいとか何とかそんな子供染みた勢いだったンです。それで・・・」
「それで・・・?」
「相手の子の胸倉ひん剥いて、裾を乱して押さえつけたンです。・・・そしたら、滅多に泣かないその子が泣いちゃって。よくよく見たら、その子の胸はふっくらと膨らみがあって、腰つきも華奢で、すらりと伸びた足も丸みを帯びていて滑らかで。あぁ、これが女だって初めて知ったんです」
相手が誰かなんて容易に想像付いたが、そんな野暮なことは言わない。
「ボクの体にはそんな箇所ない。ボクちゃんと男なんだ、って変に実感したっていうか、安心したことがあったんです」
「アホやなぁ、おまえ」
「ええ、自分でもそう思います。でも、そこでボクは男としての情欲が芽生えたンだと思います」
初恋だった、と言った。
暴いた胸元の丸みを何度も思い出し、手触りのなめらかな足の感触を反芻する。泣き出したその潤んだ瞳は、喜助の中の劣情を更に煽った。長ずるにつれ、抱きたい、と初めて思ったらしい。
「・・・で、腰がよう立たんくらい抱けるようになって、その子には復讐できたんか?」
「さぁ・・・。でもボクを女の子扱いすることはなくなったっスね」
「さよか。えらい長い復讐劇やなぁ」
「純愛で良いじゃないスか」
目を合わせず笑った。
ゆっくり銭湯から出ると、ビロードのような真っ暗な夜空に星が煌いていた。
湯気がほわりと、空気に溶けた。
<終>
 
おまけ。帰り道での会話。
「あー、あのふかふかの胸で眠りたい」
「あのなぁ、もうちょっと分からんように言え。これ分かる奴には分かるんやで」
「夜一サンの胸で寝たい!」
「おまっ、あほ、この!何叫んでるんや!散々ヤッてきたんやろ?もう休ませてやり!」
「だってー、可愛いんスよ。感じてる声とかぁ、入れたときの顔とかぁ、あと…」
「もォええ!もう言うな。ええな、これ以上言うたら、隠密機動に知らん間に殺されるで!」
「あの粘膜の絡み方がもう絶妙で…」
「あかん!一緒にいたらオレまで殺されてまう!もうこれ以上聞かん!」
「で、平子サン。ひよ里サンとどうなんですか?」
「わわわわわわわわ、オレは何も聞いてへん。聞いてへんで!わわわわわ」
(掌で耳を連打するあれで)←喜助は絶対面白がってやってます。