誰かに弱みを見せることを徹底的に嫌う総司令官殿は、たとえ自分が傷を負ったとしても、誰にもそれを見せることはない。家族にも、友人にも。もちろん治療部隊の四番隊の隊士にも。
だから、彼女が地下訓練所の温泉に入っているときは、大抵負傷している。
「傷を癒す効果のある温泉を作ってくれ」
彼女が当時のボクにそう提案したのは、人知れず傷を癒したいから。
隠密機動の総司令官として、護廷十三隊の二番隊隊長として彼女は強く、凛としていなければならない。
甘えなど、その高みのいるものは微塵も持たない。
強くいることで、部下を率いていける。
強くいることで、部下を制することが出来る。
女でいながらその地位にいるのは並大抵の努力ではない。
女であるから、侮られる。女であるから、好奇の目に晒される。女であるから、下卑た男の劣情の標的になる。
自分で身を護らねば、誰も護らない。
実際、彼女は魅力的だ。とても。
彼女を思うものは多い。それが思慕や尊敬であったり、または懸想であったり。
それらから逃げるように傷ついた体を隠して、今もまた、彼女はそこにいた。
「おぉ、喜助か!最近会うてなかったな。息災か?」
「ええ…、技術開発局の仕事も徐々に認知され始めてきて、色々注文が来てましてね。今日は息抜きっス」
「そうか、それは何よりじゃ。十二番隊隊長におぬしを推した儂も鼻が高いぞ」
そう言って、彼女は背に負った傷を隠すように肩まで湯に浸かった。
それをボクは見てみぬフリをした。
彼女はボクにすら頼ってこない。一人で傷つき、一人でそれを癒す。
ずっと昔からそうしてきたくせに、ボクの方が傷ついた気になるのは、彼女よりボクの心が弱いからだろうか。
いつになったら、その傷をボクに見せてくれるの?そう詰め寄れたならどんなに楽だろう。
でもそうしないのは、彼女が困るだけだから。それは彼女の矜持。
「ボク、あっちの東屋の方にいますね。お茶でも入れておくから、一緒に飲みましょ」
「うむ」
ボクが入れたお茶には、研究・開発した治療薬を混ぜてある。
彼女が弱みを見せなくても、ボクは彼女を護りたい。
もう隊が違うから、表立って護れないけれど、影から護るよ。
傷を内部から癒すお茶や、即効性のある血止めや、お菓子に混ぜてある霊圧改善薬も切れないように、ちゃんと置いておくから。
誰にも、ボクにも傷を見せなくていい。だから、ここにあるものは使って。
いつか、アナタが傷つかなくてよくなる日まで、ボクはアナタをここで護る。
だから、どうか命を繋げて。
「いつも、すまぬな。喜助…」
温泉で暖まった体が背中からじんわりボクを包む。
いつ、このぬくもりが消えるか分からない。そんな不安を持っていること、アナタは知っている?
命は有限で、大切であればあるほど、失うことへの不安もまた大きくなる。
その太陽のような微笑を見せて。
今この腕に、生きているアナタを強く抱かせて。
「喜助、いつもおぬしを思っている…」
「ええ、知ってますよ。ちゃんと、伝わってます。ねぇ、ボクの気持ちもアナタに伝わってる?」
うん、とボクの肩に頭を預けて擦り寄るアナタが愛しい。
言葉は時として、何よりも無力だ。
ボクらはこうして触れ合って知るんだ。
愛しいも、嬉しいも、悲しいも、不安も。
<終>
切なくなっちゃった。幸せのためにはやっぱり、負の感情も抱えなきゃ、今ある幸せを感じることはできんと思いました。
夜一サンも弱みを見せたいけど、見せたらそれなしでは生きられないからすごく我慢してると思います。(←それを本文中で書けよ)