二番隊と十二番隊に離れる前から分かっていた。会える時間が減ることなど。それでも二番隊・隊長の夜一は喜助を十二番隊・隊長に推した。喜助の能力は十分に適しているから。
だから、夜一は寂しいと言わなかった。いつでも明るく、そして毅然としていた。
喜助も自由に考え、研究できる環境の心地よさに、羽を伸ばして能力を発揮できた。
距離や会えない時間が、長く培ってきた二人の気持ちを揺るがすとは思っていなかった。
二人の間には何も入れないと、互いに思っていた。
それでも、任務や研究、合わない休日。度重なるすれ違いは二人の間に隙間風を送り込んだ。
互いに成長するためのステップアップのはずだったのに。
思うように会えないイライラは夜一を不機嫌にさせていた。会いに来なければ、自分が会いに行けばいい、そう思いたって深夜の十二番隊に忍び込む。
喜助の姿を見つけるのは容易だった。数人の隊士と共に研究書や様々な液体を調合したり、意見を交わしたり。
その真剣な表情。時折歓談で見せる笑顔。白衣の猫背。長い指先は迷いなく薬剤を選んでいく。
物陰から見ているだけで、なぜか安心した。声をかけようと口を開くと、それより一寸先に他の女性の声と重なった。
「浦原隊長、試験管四番容器の液体が結晶化してます!やりましたね!」
「ホントっすか!ちょっと見せて下さい」
声をかけた女性隊士が持ってきたビーカーの中身を覗き込んで検分し、顔を綻ばせるとその女性隊士と嬉しそうに微笑みあった。
チクリ。
針先で心臓をつつかれたかのような痛みが走る。
夜一は喜助のあの微笑を何度も何度も見てきた。その微笑の先にはいつも自分がいたはずなのに。
喜助の周りに研究員が群がってきて、その実験の成功を喜び合っている。
急に自分の周りだけ、影になったかのように暗く感じる。
俯いていたのだろう、名前を呼ばれて弾かれる様に顔を上げると、喜助は嬉しそうな顔のまま夜一を見つけその大きな手を振っていた。
「いやぁ、嬉しいな。夜一サンからボクの所に来てくれるだなんて。ボクもずっと会いたかったんスよ」
隊首室に通されて二人きりになったのに、喜助の言葉がふわふわとして頭に入ってこない。
生返事ばかり返している。
喜助はよほど嬉しいのだろう。浮かれていて、夜一の表情の乏しさを見抜けなかった。
「…実験、成功したのか?随分嬉しそうじゃが…」
「そうなんスよ!今まで散々結晶化に失敗してる物が、ついさっき、ようやく結晶化できたんスよ~!それにアナタがこうして来てくれたのもとても嬉しいんス」
「そうか…。それは何よりじゃな」
夜一は心から喜べなかった。でもそれを認めたくなくて、作り笑いを浮かべて喜助の懐に腕を伸ばした。
ろうそくの灯火をつける前に、襖も締め切る前に抱きついてきた夜一の腕は、喜助の存在を確かめるかのようにきつく回された。
しかし間が悪く、先ほど喜助と微笑み合っていた女性隊士がお茶を持って訪れた。
その瞬間、すごい勢いで剥がされるように抱擁を解かれた。
「…え…」
思っても見なかった喜助の行動。きっと照れながらも抱き返してくれると思っていた、なのに。
その女性隊士に言い訳めいた言葉をあたふたと述べている。
(何じゃ…、逆ではないのか?)
なぜ、彼女に弁明しているのだ。
その女性隊士はクスクス笑いながら、小さな机にお茶を二つ置くと、勝手知ったる様に室内のろうそくを灯し、研究用の白衣を脱ぐように告げ、隊長羽織を喜助の背に着せてやった。
退室の言葉を述べて部屋を辞すと、再び室内は二人きりになった。
沈黙の中、暖かいお茶の湯気が揺らいでいる。ゆらり、ゆらり。
「…可愛らしい子じゃの。今のは研究員か…?」
喜助はニコニコと夜一を見ていた。
「え?!あ、そうッス!!いや違うっス!ボクの隊の席官なんスよ。可愛いだけじゃなくて頭も良くて、重宝してるんス」
慌てる喜助を見遣る、夜一の顔つきが変わった。腕を組み、本心を心奥底に深く隠した偽りの微笑を浮かべる。
「ふ…。おぬし、ああいうのが好みだったのじゃな。もう手は付けたか?」
今度は喜助が眉根を寄せる番だった。
「…は?何、言ってるんスか?」
「あの隊士は随分、この部屋を知っているようじゃの。ろうそくの位置や、羽織の掛け方も」
「誰でも大体知ってることじゃないスか。夜一サン、そんな事に何嫉妬してるんです」
嫉妬、その単語に急激に怒りが沸いた。
「…もう、いい。帰る。邪魔したの」
「ちょっと待って下さいよ!何がもういいんスか!何か勘違いしてるっス!」
腕を掴まれて帰路を阻まれた夜一は、喜助に殴りかかった。そうすれば誰だって自衛のために手を離す。だが、喜助は掴んだ手も離さず、そして殴りかかってきた手も掴んで、両手を封じた。
睨み上げる夜一の目をまっすぐ見返す。
立ったままでは、今度は蹴りを入れてくる。それを封じるためだけに夜一を押し倒した。
両手を封じたまま暴れる夜一に馬乗りになって、悔しそうに睨み上げる瞳を見下ろす。
「いいスか、アノ子とボクは何の関係もありません。そりゃたまにここ掃除してもらってますケド、アナタが思っているだろうことは何一つしてません。可愛いとは思いますが、ボクにはもっと可愛いアナタがいるんだから、手なんて出す気なんてサラサラないっすスよ」
しばらく強張っていた夜一の腕から少し力が抜けた。それでも喜助は油断しなかった。これで力を緩めて逃げられるパターンで痛い目見ているのだ。
惑う金色の瞳は、ろうそくの明りに照らされて潤んで見えた。悔しそうに歪んだ唇を見て、喜助の喉が鳴った。
「…分かった」
夜一はばつ悪そうに、視線を外すと霊圧の滾りもトーンダウンしていった。
「もう暴れないから、降りろ」
馬乗りになったままの体勢を指摘して、掴んだままの手も離せ、と視線で合図した。
それでも喜助は微動だにしない。掴んでいる掌の力もそのままで。
それにまたムッとして喜助を睨み上げると、喜助の強い視線が夜一を射抜いた。
今度は夜一が狼狽えた。掴んでいた手に更に力が込められる。
「…ボクが一番手を出したい相手なんて、分かってますよね?」
「儂はまだ不機嫌なんじゃ!相手する気など無いからな!」
「カワイイ嫉妬しておいてこれ以上はお預けなんて、随分酷なこと言うんスね」
喜助の顔が夜一のそれに近付いて来た。口接けを逸らすと、四肢をばたつかせて抗った。
「嫌じゃ!離せ!」
「頬染めて言うセリフじゃないでしょ」
「ちが…!」
有無を言わせず、喜助の唇が夜一の柔らかな口唇を塞いだ。首を振って逃れようともがいても、執拗に追ってくるそれに噛み付いた。
「痛…っ!」
離れた喜助の唇から細い一筋の血が滲んでいる。舌でそれを舐め取ると、困ったように微笑んだ。
「…こんなことしちゃ駄目っスよ。これ以上すると、ボクも怒りますよ。ボクだってアナタに会いたかったの我慢してたし、ボクじゃない他の男と一緒にいると思うだけで腹立つんスよね。アナタ以上に狭量なんスよ、ボク。…分かったら、大人しくしてて?」
微笑みの奥の瞳が氷点下の温度で、背筋を震わせる。喜助も確実に怒っている。
しかめ面のまま重ねた唇から、血の味がした。
それでも、何度も交わすうちにそれは甘美な媚薬となって身体の強張りを解いていく。
会いたくて、触れたくてここに来たのだ。悔しいが、好きなのだ。
喜助が畳の上に隊長羽織を投げ捨てると、性急に互いの死覇装を乱す。
会えなかった時間の分だけ、我慢していた思いが一気に溢れ出てきて、二人を濡らした。
息を乱し、熱くなった皮膚を擦り合わせ、互いの匂いで肺を満たす。
言葉を失った空間に、ろうそくの火は燃え続ける。
黒と橙色の世界。
壁に映し出された影は絡み合って、火のようにゆらゆら動き続けていた。
外に声を漏らさぬように噛んだ唇の隙間から、甘い吐息が逃げた。
「…儂はこんな仲直りの仕方はどうかと思う」
息が整い始めた頃にこぼした言葉は、悔しさを残したまま響く。
「ボクだってどうかと思いますよ。でも、それ以上にしたかったンですもん。何ヶ月振りだと思ってるんスか」
互いに合わせた視線に、気だるさの残る体を寄せ合う。
「あー…、もう本当久しぶりすぎて自制はできないわ、この後研究室行ったら絶対冷やかされるわで、ボクの立つ瀬がないっスよ。どうしてくれるんスか」
「どうして欲しいのじゃ?」
「…明日ボク非番なんで、リベンジしに二番隊に行きますからね。必ず時間空けて下さい」
夜一はようやく微笑んで、小さく口接けを落とした。
<終>
ろうそくの影が動く描写が自分内でエロいと思います。ぬるいエロですけど楽しんで頂けたでしょうか??勘違い・嫉妬する夜一サンを描いてみました。
ちなみにお茶持ってきた女性隊士はこのあと絶対喜助を冷やかす気がします。以下駄文。
「隊長、どうでした?久しぶりに彼女と会えて、燃えちゃったでしょー?」
「そーなんスよ!いやぁ、もうヤバいくらい燃えちゃって。自制きかなかったっスよー。あ、でも隊首室でやっちゃったなんて、他の人には秘密にして下さい。特にひよ里サンとか」
「このドスケベ、もう後ろに居てるわボケ!」
おしまい!