小さな純愛ラプソディ

 

「おーい、夜一!」
 
 後ろから能天気な声がした。
 大貴族のお姫様をこうも呼び捨てに出来る人物は数少ない。
 
「なんじゃ京楽。おぬしまたさぼっておるのか?」
「さぼってるだなんて人聞き悪いなぁ。休憩してるんだよ。それはいいとしてそんな綺麗な格好してどこいくのさ?」
 同じく貴族の大分年上の次男坊に声をかけられ、更に上から下まで一通り眺められた。
 確かになんの行事もない時期に、こんな明るい色の振袖を着ていれば何かしらあるのは明白で、彼は整えられたひげを一撫でして興味を隠さない表情を浮かべている。
 彼は昔から察しがいいのだ。憎たらしいほど見識深く、先の見通しにも明るい。ここで嘘をついたとて何の得にもならないので、夜一は素直に答えた。別に隠すつもりもない。
「見合いじゃ。面倒くさくて仕方がない」
 
「喜助君には知らせたの?」
 喜助の名を出され、夜一の顔が覿面に渋くなる。
「・・・なぜいちいち喜助に言わねばならんのだ。関係なかろ?」
 
「なぁに言ってんの!夜一は喜助君のことが・・・うわ、やめっ、わかったわかった!」
 言い終わる前に夜一の拳が飛んできた。振袖を着ていても、一隊の隊長だ。更に言えば隠密機動という暗殺を担う総司令官でもある。その実力や計り知れない。同じく隊長である京楽とて彼女のスピードには手を焼く。ちょっと冷やかすのも命がけか。
 未だに口をへの字に曲げて、こちらを睨みつける夜一にやれやれと苦笑すると、それでも言葉を選ばず告げた。
 
「でも、喜助君はいい顔しないんじゃない。自分の彼女が見合いだよ?分かってる?」
 そこまで言うと、夜一の顔にさっと影が走った。
 京楽はおや?と思うと、彼女の言葉を待った。
 しばしの沈黙の後、可愛らしいく紅がさされた唇から小さく言葉が継がれた。
 
「・・・喜助は、儂を・・・好いてはおらん・・・」
 
 くすんだ金色の猫っ毛が印象的な人の良い笑顔の男を思い浮かべる。京楽の頭の中では喜助の方が夜一を追いかけているように思っている。何をもって夜一がそういうのかさっぱり分からなかった。二人にしか分からない事情があるのは分かるけれど。
「・・・だからって見合いを受けたの?」
「これは、家の者の差し金じゃ。儂に他意はない」
「そう。お姫様も大変だね」
 夜一は俯いたまま、京楽を見ない。地雷を踏んだかな?と思って京楽が途方に暮れそうになった。
「のう、京楽。今夜時間あるかの?ちと相談したい」
 珍しい事もあるもんだと思いながら、京楽は二つ返事で了承した。
 
 
 夜もそう更けないうちに、夜一は京楽の元を訪れた。お茶を黙ったまま飲む。お茶持ちの小さな七緒が部屋を辞してもしばらく夜一はだんまりだった。
京楽には彼女の相談事が喜助に由来している事は明らかだった。
いつまでも口火を切ろうとしない夜一は、逆に言えば何から言えばいいか逡巡しているようにも見えた。
「で、喜助君と喧嘩したワケ?」
「・・・喧嘩はしておらん。ただ、喜助が一緒居てくれないのじゃ」
「どうして?」
 幾分誘導的な質問になるのは仕方ない。でなければいつまでも夜一は口を開かない。
 いつもは潔いほど歯切れの良い彼女だけに、本当に珍しいとしか思えない。
 空気を吸っては言い淀む夜一は隊長というよりは普通の女の子に見えた。
「のう、京楽。男はみな寝込みを襲うものか?」
 ぶほっ。
「汚いのう、茶を噴くでない」
 
「・・・っていうか、付き合って何年経つの?まだやってなかったわけ?」
 
 褐色の肌がほんのりと赤くなった。・・・まだらしい。
「儂はそういうのに疎くて、の。ただ一緒に居ればそれで儂は満足だったのじゃ。でも、喜助は違うみたいで・・・、最近というわけではないが、波は何度かあったのだが、特に酷くなったのは最近で・・・」
 京楽は心の中で喜助に心底同情した。片思いならまだしも、何年も付き合っておいて思いを遂げられないだなんて・・・。気の毒すぎる。
 
「あのさぁ夜一、それ喜助君が可哀相すぎるよ。すんごい我慢してるんだよ、それ。でも夜一のこと大好きだし、抱きたいから手を出すのは自然だよ」
 
「それで、寝込みを襲うのか?それは反則じゃろ?」
「・・・なんで無防備に隣で寝れるわけ?襲ってくれと言ってるもんだよ、それ」
 
 彼女は衝撃を受けたような顔をした。疎すぎる。自隊の副隊長でさえもっとマシな知識がある。屈折した知識だが、夜一よりかなり詳しいだろう。今度、喜助の話を聞いてやろう。とても哀れになると思うが・・・。京楽は眼前で衝撃を受けている妹分に更に説明した。
 
「いいかい、よぉーく聴いといてよ。もし、夜一が恋人としてこのままずっと喜助君と一緒に居たいとして、交接をしないのは喜助君にとって蛇の生殺しだ。喜助君だって夜一が大好きなんだから、したいってのが普通さ。で、夜一が家のため・自分のため・その他諸々の事を考えて、したくないっていうなら、ちゃんと喜助君にそれを言わなきゃ。話し合わないと先には進めないよ」
 夜一の額には汗が浮かんでいる。
「わ、分かった・・・。喜助は変態だから、そんなことしないと思っておった・・・」
 変態の意味を履き違えているとしか思えない。京楽はこれから喜助のところに行って話し合うよう促した。
 うむ・・・、と生返事でふらりと出て行った彼女の背中を眺めた。
「・・・純愛、なのかねぇ・・・?」
 
 
 
 後日談。
「京楽サン、この前はどうも有難う御座いました」
「ん?何かしたっけ?」
「イヤ、夜一サンのことっス」
 にやけ気味の白い肌は心なしか艶々している。と、いうことは・・・。
「どうやら、僕の助言は役にたったようだねぇ」
「そりゃー、もう!本当に有難う御座います」
                               <終>
 
時系列違っていたんで、ちょっと手直ししてのUPです。貴族の夜一さんと京楽さんは仲良いといいな。
ちなみに見合い相手は不機嫌夜一さんの一睨みで退散ですよー。