キス

1 

十二番隊舎に所用で来ていたシンジは丁度休憩していたひよ里と並んで、夕焼けが色味を増すのを眺めていた。
「なァ、シンジ。口接けしたことある?」
ぶほっ。
あからさまに茶を噴いたのに、いつものツッコミが来ない。
「…何やねんいきなり!オマエが口接けとか言うな、驚くやろ」
「ええから、口接けしたことあるか聞いとんのや!」
いつものひよ里の勢いをさらにアップさせたような迫力に気圧されて、なんと答えていいか思案を巡らせたが、ついまじめに答えてしまった。
「…そりゃあ、まぁ…あるよ」
答えた途端、いかにもショックといった顔をして、ひよ里は黙り込んでしまった。
「おーい…、オレが正直に答えてンねんぞ。何とか言い。」
それでもプイと逸らされた顔は今にも抱えた膝に付きそうだった。
「あーもー何やねん。ん、なにあれか?オマエちゅーしたことないんか?」
守りの姿勢は更に頑なさを増す。
「さーるーがーきーさーん?ないんやな?おっ子様やなぁ」
けらけら笑うと、ひよ里が顔を真っ赤に染めて睨みつけてきた。
「うっさい死ね!ハゲシンジ!」
「ほな、したろか?」
持っていた茶碗を床に置いて、ひよ里の顔を覗き込むと、大きな瞳が更に大きく見開かれる。
「おっ、おっ、お断りや!なんで、ウチがアンタとなんて…!」
不意打ちだった。一瞬の出来事。
「どや?」
にやりと、意地悪な笑みを浮かべて見せた。いつもならここで罵声と鉄拳が飛んでくるが、いつまでたっても彼女はポカンとしている。
「おい、ひよ里…?」
名前を呼ぶと、みるみるうちに彼女の首から耳まで真っ赤に染まっていく。その小さな唇が言葉を紡げず、わなないている。
「な…、アホか!これくらいのちゅーでそない赤なるな!」
頬の赤さが伝染ったようにシンジもうろたえる。
「しゃあないやん!…ウチ…ウチ初めてやってん。そないバカにすな…!」
茶化したいけれど言葉が浮かばないどころか、胸がざわついてしょうがない。
膝に顔を埋めてしまったひよ里と、お茶を啜るしかできないシンジ。
これなら鉄拳が飛んできたほうがマシな空気の中、紅に染まった雲と合わせてしばし沈黙が流れた。
「…なァ、ひよ里。もっかいちゅーしてええ?」
「………あかん」
「茶化さへんから」
「……イヤや」
シンジの手がひよ里の肩にそっと置かれると、威嚇するように顔を上げた。
その大きな瞳はシンジを睨むような上目遣い。けれど、火照ったままの頬では逆効果だ。
言葉もなく寄せた顔に、もう一度唇が重なった。
 
(ボク、いつまでここにいたらいいのかな…)
隊首室から顔を覗かせた喜助が、その一部始終を見ていたのはまた別のお話。
                            
 
 
2 
 
「そんなわけで、平子サンとひよ里サンの初々しい口接けの場面を見ちゃったんスよぉ~。二人とも可愛かったなぁ~」
「で、おぬしは何しに二番隊まで来たのじゃ?まさか口接けしにとか言うまいな?」
応接の間にて上座に座る夜一は飲み物片手に、喜助を横目で見た。
「あらー夜一サン、いつの間に超能力を見につけたんスか?ボクの考えてる事が分かるだなんて!」
二人きりの応接の間に大きな溜息が響く。
「よいよい分かっておる。口接けした後、部屋に掻っ攫って致すつもりじゃろ?全く照れも初々しさもない奴じゃのー。いつからこんなになってしまったんじゃろうなぁ」
「凄い!その超能力は未来予知も出来るんスね!全部当たりだ」
「今すぐそのとぼけたフリを止めい」
上座から立ち上がり廊下へと進もうと、喜助の前を過ぎると後ろから抱きすくめられた。
「まず、一回口接けさせて下さいよ」
「したくて堪らんか?もう、本当にしょうがない男よ…」
顔を合わせると、互いに腕を体に巻きつかせ唇を合わせた。
唇の隙間から、蠢く舌と吐息がちらつく。
欲望の火が徐々に燃え出すのを肌で感じながら、うっとりと口接けを交わす。
「夜一様。砕蜂、任務よりただいま戻――――…」
外側から障子が開いた。
任務より戻った砕蜂が目にしたのは、宿敵浦原と敬愛する自隊隊長の濃厚キスシーンだった。
「あ、マズイとこ見られちゃいましたね…。隊舎は邪魔入るし、あそこ行きますか」
「う…、浦原!!貴様、よくも―――――!!」
夜一を軽々と抱き上げて瞬歩で逃げる喜助を、始解して追いかけようといきり立つ砕蜂に、夜一から一言投げかけられた。
「無事で何よりじゃ、砕蜂!儂が戻るまで留守番しておいてくれー」
のほほんと命じられた言葉に砕蜂は嬉しさと落胆を抱えつつ、只でさえ憎い浦原を更に嫌いになったそうだ。
                                                                                                                                        <おしまい>