2月14日。
製菓会社の思惑通りに、今年もチョコレートが飛ぶように売れていく。
女性の算段の中に、義理・本命だのお返しを狙ってだのと様々な思いが垣間見える売り場を通りすがり、喜助は大きく溜息をついた。
鼻に残る甘いにおいが取れなくて困る。
(甘い物はあんまり好きじゃないんスよねぇ…)
別にイベントごとが嫌いなわけじゃない。チョコレートじゃなくても貰えたらやはり嬉しい。実際雨などは毎年煎餅やら何やらと工夫して贈ってくれる。
喜助がいじけているのは、きっと今年も夜一からは貰えないだろうと思ってのことだった。
アピールは毎年十分してきた。けれど用意してない、忘れてるは百歩譲って我慢するとして結果的には面倒くさいと言いはなち今まで一度もそれらしい物をもらっていない。
そのくせ最近では黒崎一護や砕蜂などに渡していたことを知った。
「あーぁ…」
別に嫌われているわけではないし、関係を解消されたわけじゃない。
けれどこのやるせなさは、周りの熱気と反比例して喜助の心を淀ませた。
その夜も実際何事もなく夕飯が終わり、湯を浴び、あっという間に就寝の時間になった。
チョコレートや贈り物を貰わなかったわけではない。今年もそれなりに貰ってはいる。
でも肝心の夜一からは一切そんな素振りがなかった。
喜助の傍らで猫の姿でまどろむ夜一の背をそっと撫でながら、つい言葉が零れた。
「ねェ、夜一サンからはくれないんですか?チョコ」
猫はしばらく黙っていたが、くあ、とあくびをすると尻尾をぱたぱたと揺らし応じた。
「おぬし甘い物は好かんのじゃろ?」
「そう、ですけど…。何か別のものとかでもいいんスよ?」
「ふん、別段何も欲しい物などないくせに、人が貰っているから羨ましいだけじゃろ」
だって、と言おうとしたがその先が見つからなかった。確かに物は何も欲しくない。でも今日くらい、恋人の思いを確認したいじゃないスか。そうでショ?と思っていても口に出さなかった。
思いの確認などと女々しい部分を指摘されそうで。
言いようのない残念さが喜助を支配する。
(わかっちゃいたんスけどね…。あーぁ、本当に面白くないな)
むくれてしまった喜助は夜一の背から手を放し、自分だけさっさと布団に潜り込んでいった。
「喜助」
呼んでも返事はなかった。
夜一もそっと布団の中に潜り込むと、人の形へと戻った。
大きな背中は壁のようで夜一はそっと甘えるように頭を摺り寄せた。
「喜助、何をそんなに怒っておる。チョコレートなど子供だましであろ?形に囚われるなどおぬしらしくない」
それでも喜助は返事も振り向きもせず、夜一を嘆息させた。
「気付くかと思うておったが、気付かぬのならいい加減儂も言う事にする。あのな、毎年ちゃんと用意してあったんじゃぞ。おぬしがそれに気付かないだけで」
「嘘っス。でたらめだ」
振り向かずに声だけは聞かせてくれた。けれどその声色は、いじけまくっている。
「ホントじゃよ。毎年、この日だけ儂のリップクリームはチョコレートの匂いをするやつを付けとるんじゃ。嘘だと思うなら匂いを嗅いでみよ」
信じようとしない喜助はふてくされた顔で夜一の唇に鼻を向けた。
そこから微かに香る甘い匂い。
「あ…」
「毎年この日は部屋中チョコの匂いがするから気が付かなかったのじゃな。儂はとうに気付いておると思っていたんじゃがの」
喜助の顔がどんどん綻んでいく。
「…味わっても、いいってコトっスよね…?」
夜一は喜助の首に腕を絡ませそっと瞳を閉じた。
「じゃあ、イタダキマス」
唇からほのかに香る甘い匂いは喜助をひどく夢中にさせて、ただのキスでもただの添い寝でも終わらないことへと続いていった。
翌朝。
「お礼は三倍返しさせて頂きますンで、楽しみにしていて下さいね!」
一瞬、夜一の背中に寒気が走った。
「喜助、儂食べ物が良い!」
「いいえ~、そんな遠慮はいりませんよォ!アタシとの甘ぁい夜を三倍充実させてお返ししますんで」
「や、だから、儂は食べ物の方が…の…」
頭の中がハートで一杯になった喜助は夜一の話など全く聞いていない。
3月のホワイトデー辺りはソウルソサエティに逃げようと思う夜一だった。
<終>