imprinting

 

褐色の肌の華奢な背中には、見えない重責や大勢の期待が乗っているのに、微塵も重さを感じさせないまま、今も伸びた背筋は凛としていた。
 
数多の部下を引き連れ一番前で前線に立ち、いくつもの死線を共に越えながら追いかけるその背中はいつもシャンとしていて、強く憧れた。
真っ直ぐに彼方を見据える瞳は、真実をも見定め皆を導く。
この人は当主になるべくして生まれてきた方だ。
この大所帯の隠密機動の内、誰もが総司令官を疑うことなく認め付き従った。
 
 
ある月が陰った寒い晩、指令が下った。虚討伐よりもタチが悪い、同族狩りだ。陰鬱な雰囲気も顔に出さず隠密機動第一部隊は綿密な作戦会議を行い、いよいよその出動準備の時だった。
「あーぁ、あんなに気を張っちゃって…。また泣く破目にならなきゃいーんスけど」
気の抜けたような声の主、第三分隊の部隊長が隊長の方角を向いて一人ごちた。
私は元々この男が好かない。
のらりくらりとしているくせに、気がついた時には全て奴の意のままになっている。
どうして彼女はこんな男を傍に置くのだろう。隠密にはふさわしくないのに。
苦々しい感情に、奴を無視することも出来たが、どうにもそのセリフが聞き捨てならない。
(また泣く?幼馴染といえ、お前が夜一様の何を分かっているというのだ)
 
怪訝な視線に気付いたのか奴はこちらを振り返ると、とぼけた様なへらへらした表情を見せた。私が口を開く間も無く、隊舎へと踵を返した。
 
 
作戦は完璧だった。
何の滞りもなく処刑は済み、真夜中にはもう粗方コトは片付いた。
「砕蜂、儂は今日は本邸に戻る。何かあれば地獄蝶を飛ばせ。よいな」
彼女の様子は何も変わっていない。浦原が言った様子など微塵もない。
そして彼女は今夜、四楓院家へ戻るのだ。もしも涙腺を緩ませることがあろうとも、奴に慰められるはずがない。どんなに仲が良い幼馴染とて、当主の部屋になど入れるハズがない。
「了解いたしました。ごゆるりとお休み下さいませ」
四楓院家に戻れば、彼女の護衛は家の者が付き従う。
実際、私にも休めと言ってくれているようなものだった。
別称のように一瞬のうちに遠く姿が見えなくなる。その姿が夜闇と同化した時、私の肩から一気に力が抜けた。
 
途端に私は鉛の様に重くなった体を引き摺るように湯船に沈め、布団の中に入る頃にはもう思考回路はぷつりと切れていた。
 
 
群青色の真夜中の双極の丘。その地下にある秘密基地の東屋では本邸へと帰ると偽った夜一と、帰りを待っていた喜助が寄り添っていた。
「のう、喜助。儂はもう同族は狩りたくない。ましてや今回は儂やおぬしの同期だった者じゃ…。儂はもう嫌じゃ…」
「悪いのはアナタじゃない。禁忌を犯して混乱を招こうとしたアイツが悪いんス。アナタは何一つ悪くない」
「…喜助…喜助、もっときつう抱いてくれ。でなければ儂の心と体は今にもバラバラになってしまいそうじゃ」
摺り寄せた体は喜助の腕の中にすっぽりと嵌って、涙で濡れた頬を黒装束に押し付ける。
優しかった腕の縛りが、願ったとおりきつく体に巻きつく。
「おぬしだけじゃ…。おぬしだけなんじゃ…。儂はおぬしに騙されていたとしても構わぬ。構わぬから、上手くずっと騙し続けてくれ…儂を一人置いていかないでくれ…」
熱っぽく疼く体をすり寄せて、喜助の着物の袷に掌を忍ばせた。
「アナタを騙すわけ、ないじゃないスか。騙す必要なんて無い。アナタはボクのものなんだから」
一瞬交差した瞳が瞼に覆われる頃、濡れた唇から始まる情事。
空が薄く明け始める頃、二人は互いに寄り添い安らかな寝息をたてた。
 
 
「おはようございます、夜一様。よくお眠りになられましたか?」
「おお砕蜂、おはよう。深く眠れたようでの。体が軽いわ」
昨日となんら変わりない。にこりと笑うその顔も。
私が知らないどこかで泣いていたとしても、私は私でいるしかない。
本当は勘付いている。
あなたが本邸に戻っていないことも、きっと浦原喜助と過ごしていることも。
 
あなたを主と決めた時から、私はあなたの言うことを疑うことはない。それが嘘でも真実でも、一種どうでもいいのだ。
私の真実はあなたなのだから。
                                                                                                                                   <終>
 
imprinting=刷り込み(雛鳥が最初に動く物を親鳥と勘違いするあれ)