どかどかと乱暴な足音をたてて、スパァン!と勢いよく障子が開いた。
「あいつは一体何なんや!めっさ色気出とんのやで!男やろ?!ムカつくわー!」
「なんやのひよ里、誰の話?」
「喜助や、喜助!ウチんとこのアホ隊長や!」
副官の身の上で、自隊の隊長をここまでこき下ろす副官もいない。それも構わぬ剣幕で、さらに喚く。リサはさぼりに来た十二番隊でなんだか面白くなりそうな話に食いついた。
「分かったから、落ち着いてイチから話し」
コトの経緯はこうである。
明日は精霊廷で行われる夏祭りの中で一番盛大な大花火大会だ。
黒一色の死覇装を脱ぎ捨て、それぞれ思い思いの浴衣の着用を許されている唯一の日。
どの隊も昼間からの仕事を早めに切り上げ、夕刻より始まる縁日に向けて準備をするのだ。
今いる二人も華やかな浴衣を選んで明日を楽しみにしている。
そして、主だった面々で花火大会に行こうとなったわけである。
「涅のハゲは、せっかく誘ってやってンのに”私はそんなつまらない物に興味はないヨ”とか言ってんねん!アホかっちゅーの。花火や縁日の何がつまらん物やねん!」
「ひよ里、話ズレとる。戻して戻して」
まぁそれで結局、ひよ里・喜助・シンジの三人で行くことになったのだ。
連れ立っていかなくても祭り会場に行けば、ほとんどの顔見知りは勢ぞろいしているし、そこでバラけることになるが、とりあえず一緒に行こうかという話になったわけだ。
「それの何がムカつくん?シンジと二人きりで行きたいんか?うちはええよ。その代わり後の話よう聞かせてな」
「違う!何でウチがあのハゲと二人きりで行かなあかんねん。ありえへん!ホンマありえへんわ!」
(シンジ…なんや可哀相になってきたわ。この鈍感小猿、いつになったら気付くンやろ)
「はいはい、で?」
「でな、さっき問屋が仕立て上がったばかりの浴衣を持ってきよったから、試しに喜助に試着させたんや。あー、思い出すだけでもムカツク…」
「で、結局なんやの?」
「あいつ、男のくせにものすっごいエロいんや!」
リサは自分の耳を疑った。この鈍サルは何を血迷ったか。
「はぁ?男やさかいそれなりにエロいやろ。何言うてんねん、今更」
「だから!浴衣着た喜助が、そこらの女より色気出てる、言うてんのや!」
リサはへー…と相槌をうって、ニヤリと笑った。
「問屋のねぇちゃんや、偶然それ見た女性隊士も色めきたってな。それだけやない。男も頬染めてるンやで!しばこかと思うたほどや!ウチとか女見てろっちゅーねん!見られてるハゲ本人は何やぼーっとうわの空でたまににやついて、その無防備さでフェロモン垂れ流しや!」
「へぇ、そんなに色気あんねや、ウチも見たいなぁ。明日が楽しみや」
次の日・昼頃。
「花火楽しみっスね~、ひよ里サン」
「ウチは何か憂鬱や」
道中、周囲の注目を浴びるのは、すらりとした長身の粋な着物のシンジとエロさ満載の喜助だろう。着飾ったところで負けが見えている勝負は面白くない。まったく。腹立たしい。
「ひよ里サンはどんな柄の浴衣なんですか?」
「何でもエエやろ。後で見れるんやし。…なぁ喜助、お前の浴衣の色、自分で選んだんか?」
「あ、はいボクっス。あんまりこういうの頓着なくて…。まぁどれでもいいか、って話でテキトーにアレにしたんです」
(テキトーで、あんな色気出るワケないやろ!絶対何か裏がある!)
「あ、そ。で、お前あっち行ったら別行動する言うてたけど、どこ行くん?」
「今年も十三番隊の志波サンの妹サンのところに行きますよー。古い付き合いなんス」
それは知っている。去年もそう言っていなくなっていた。
けれどこれはウソだと思う。去年は志波の妹は違うやつらと酒盛りをしていた。
「…花火師は、打ち上げに忙しいんちゃうか?」
「ええ、でも花火を真下で見るのが、花火の醍醐味ってヤツでしょ?邪魔しなければ文句言われませんよ」
それから花火に関して言葉を交わす。とても嬉しそうな喜助は自分がちょっと饒舌なのに気付いているのだろうか。
「ふぅん…」
ちら、とそ知らぬ顔で窓を見ると、青い空広がる快晴。
「その後、四楓院のお姫さんと朝までコースか?」
「そうなんス、朝まで…。あ、朝まで…は、花札を…」
自分でもとっさに出た言葉。明らかに苦しい言い訳だった。
(形勢逆転やな)
ひよ里はニヤリと笑った。
「花札ねぇ…。へーぇぇ。ま、せいぜい負けんようにな。ウチらのことは気にせんで、楽しんできぃや」
浮かれていたのはこういうわけか。
喜助は宵色の浴衣で、闇に紛れて夜一との一時の逢瀬を画策していた、ってこと。
だから、自分で浴衣の色も決めて。だだ漏れていたあれは夜一を誘うための色香。しばらく会えなかった欲求不満の上、待ちに待った甘美な一夜を妄想して出た産物。
口を微笑みの形で固まってしまった喜助に、内緒にしといたるといい放ち、書類を十三番隊へと運びに行った。
「海燕居るー?」
「おお、ひよ里。あ、書類どうもな。でも何でお前がわざわざ持ってきたんだ?」
ひよ里の口がにんまりと弧を描いた。
「やったで、海燕。ようやくしっぽ掴んだで。あの二人やっぱりデキとる!古い付き合いのお前にもよう言わんとは、口が堅いもんやな!」
「でかしたひよ里!よし、ちょっとこっち来い。話聞かせろ!」
その夜・花火大会の真っ最中。
「夜一サン、来年ボク浴衣着ないで死覇装のまま来ます。ひよ里サンにバレそうでして…」
「何じゃ、つまらんやつじゃのー。良いではないかバレても。浴衣の方がそそられるしの。ほれ…一枚の布越しには、もうおぬしの熱い皮膚が触れる…」
寄り添った浴衣の袷の縁を夜一の細い指がそっとなぞる。
広い背筋をゾクゾクと走る電流。おあずけを食らっていた欲求がむくむくと頭をもたげる。
「あの…とりあえず、ボクもその熱感じたい…」
満月のような金色の瞳が花火を反射してキラキラ輝く。楽しそうな口元にそっと手を宛がい引き寄せると、二人の距離はなくなった。
<終>
おまけ
「でな、シンジ!やっぱりあいつら付きおうてたで!」
「おまえなぁ、アイツらのことは別にどうでもええやろ。遅かれ早かれどうにかなるんやさかい。それよかおまえ、オレ達のこと考え」
「オレ達って…?」
「アホ、鈍いにも程あるわ」
「うんうん、同情するで。シンジ」
「うわ!リサおったんか!」
「なんや今頃気付いたんか!前言撤回。おまえムカつくわ」
<おしまい>