暑い日

 

「むむ、今日は一段と暑いですな…」
握菱テッサイは真夏の青空を見上げて呟いた。
朝早くから家事を片付け洗濯物の乾き具合を確かめに来た庭で、しばし眩しい太陽を浴びる。するとエネルギーが充電されていくような気がして元気が出た。
(実はこの義骸には、今話題の太陽光エネルギーも組み込んでおられるのだろうか?)
 などと、らしからぬ考えに及んで一人微笑した。
 穏やかな昼時。一足飛びに上がる気温。
 頬を撫でる風は熱を含んで生温い。
 
昼食は冷やし中華でも…と思い、冷蔵庫内の残った野菜を思い浮かべていると、家主がのっそりと起きてきた。
「おはよ、テッサイ」
 まだ眠気が残る気怠けな動きで、家主は居間にどっかと座った。
「今日は猛暑日のようですな。暑くて眠れないのでしょう?」
「うん、そーなんスよ。窓開けても気持ち悪い風しか入んないし、寝汗で身体気持ち悪いし、寝れないし。も、今日ほとんど寝てない…」
 また遅くまで研究だの何だのと思考を働かせていたのだろう。前髪に隠れる双眸の下にはうっすら隅が見える。
「麦茶でもお持ちしましょう」
「あ、お願ーい」
 手持ちの扇子でパタパタと仰いでも微々たるもので、おもむろに近くにあった扇風機を引き寄せて向かい合うと、ようやく涼を得た。
 
 一番日陰の台所は、他に比べて幾らか涼しい。
冷たい麦茶はガラスのコップの外側にすぐ水滴を作る。
 採れたてのトマトときゅうりも水から上げて一緒に持って行った。
「どうぞ」
「わぁ、これ庭の野菜でしょ?もう取れてたんスねー」
 そう言いつつ、喜助は早速きゅうりを口に運んだ。シャクッと瑞々しい良い音がする。
 噛み砕くと口腔内に水分をたっぷり含んだ青い味がした。
 
「あれ、そういえば夜一サンどこ行ったんスか?」
「おや、てっきりまだ寝ているものだと…」
 男二人で顔を見合ったまま止まった。
 外では蝉が鳴いている。
 すると店の戸ががらりと開き、噂のヒトが現れた。
背中には何か背負っている。小柄な夜一が背負うには結構大きい。
「おお喜助、起きていたか。なんじゃ随分ヒドイ顔しておるのー」
「何処行ってたんスか?というか背中のソレ何?」
 夜一は男二人に向かってニヤリと大きく笑みを見せた。
 
「氷?!」
 夜一が背負ってきたものをちゃぶ台に乗せると、大きな風呂敷を解いた。
「なるほど、それで日番谷隊長の処に行かれたわけですな」
「うむ!ルキアでも良かったのだがな。あっちに用があったついでに貰ってきたのじゃ」
 喜助とテッサイは、おそらく日番谷が女性死神協会に脅しまがいにねだられたのだろうと思った。
 実際それは当たっていて、ソウルソサエティではその氷を削って女性死神協会中心にかき氷祭りになっていた。当の氷担当・日番谷隊長はというと。
「こんなことに氷輪丸を使わせやがって…」
 とぼやいていたという。
 
「お気の毒に…」
「それでの、きっとおぬしらも食べたかろうと思うて、氷を持ってきたわけじゃ」
「もー、夜一サン大好きっス!」
 夜一に抱きつこうとした喜助は、彼女のその腕によって阻まれた。
「暑い、汗臭い、近寄るな」
「ヒドい!」
 嫌がらせでさらに抱きつこうとする喜助に、夜一は本気で抗った。
「まぁまぁお二方、そんなに動かれたら更に暑くなるだけですぞ。店長は水浴びでもして来てください。その間にかき氷作っておきますから」
 はぁい、としおらしい返事を返して喜助は風呂場へ向かった。
 
「子供達にも帰ってきたら食べさせてあげましょう」
 冷凍庫の中にかち割った氷の一部をしまう。あの二人もきっと喜ぶだろう。
 大人三人で、しばしの涼に浸った。
 吹き抜ける生温い風の中、薄氷のシャリシャリ感を味わう心地良さにしばし沈黙が訪れる。
 チリーンと風鈴が鳴った。
「冷やし中華は、夜にしましょうかな」
 キーンと脳内を突き抜ける冷たさのまま、テッサイの呟きに二人は穏やかに頷いた。 
                                       
    <終>
 

暑い日は冷たい物が欲しくなるけど、その後腹痛くなるんだよなぁ…。浦原商店のある日の話でした。今日は暑いなぁー。