茹だる様な暑さに、数メートル先の視界がゆらゆら揺れる。
丁度太陽が高い位置にあるため、点在する樹木の影も低い。
「だぁあ、もォ!あちーなぁ。浦原さんはなんだってこんな暑い最中に呼び出すんだよ」
「たわけ!文句を言うな!…全く、余計に暑くなるわ」
いつも涼しげなルキアの額にも汗が浮かぶ。
へいへい、と適当な返事をして道を急いぐ、夏休みのある日。
「ちわーっス」
ガラガラと店の戸を開けると、中からひんやりとした空気が湿った肌を掠めて行った。
「おー、来よった来よった。よっ、一護!」
居間からひょいっと顔を覗かせたのは平子真子だった。能天気な掛け声に、うんざりと返事をすると涼しい室内へ入っていく。
「いらっしゃい、黒崎サンに朽木サン。お呼び立てしてすみませーん。実はですね、今夜、浦原商店主催の納涼会をするんです。そこで、ちょーっと黒崎サン達にお手伝いをお願いしたいんス」
「えー…、めんどくせー事じゃねーだろうな…」
「いえ、至極単純。井上サンや茶渡サン達にも声かけて花火買ってきてほしいんスよ。ついでに言うと、浴衣だとなおいいっスね」
「近いうちに町内の花火大会あんじゃん」
「よいではないか、一護。で、沢山買ってきたらいいんだな」
喜助は二人に向かって、いつもより更ににっこり笑って見せた。
「で、平子は何するために来てんだよ」
「何や、理由なかったら来たらアカンのか。心の狭いやっちゃのー。大体、ここはオマエの家ちゃうやろ」
「うるせーな、聞いただけだろ。って、あれ…そういえばテッサイさん達は?」
いつも居るはずのテッサイも雨もジン太もない。
「もちろん今晩のために使いに出してます。で、平子サンには納涼会のプロデュースをお願いしてるんス」
それを聞いた一護とルキアは顔を見合わせ、大爆笑した。
「なっ…なに、笑っとんのや!何がおかしいか言うてみい!失礼なやっちゃのー」
「や、ワリ。じゃあ楽しみにしてっからよ。皆に声かけて、花火買ったらまた来るわ」
含み笑いをしながら、手をヒラヒラさせて店を後にした。
夕方。
浦原商店の庭には溢れんばかりの人が犇めいていた。
人間・仮面の軍勢・死神入り乱れて、さながら八月の盆に大家族の親戚一同が揃ったかのような賑わいだった。
それだけでなく、目を引いたのは庭に施された装飾もだった。
夏の花の香りが芳しい庭は、涼やかな緑の空間と化していた。白い花々で隙間を埋められた垣根、弦を巻いた夕顔の鉢が一面に並べられ涼しげな緑のカーテンをなしていた。
へぇ、平子のセンスもまんざら悪くもねぇな。と思った時、喜助が挨拶に立った。
「えー、皆さん。ようこそおいで下さいました。大したものはありませんが、一時の涼を楽しんで行って下サイ。これからも浦原商店をご贔屓に!」
挨拶を終えると、テッサイが作った料理の品々がちゃぶ台やら縁側の廊下やら処せましと置かれていく。蒸し暑い空気の中、美味しそうな匂いが皆の食欲を刺激した。
一護も茹でたトウモロコシを頬張りながら、空を仰ぐ。
鮮やかな紅色から桃色、そして群青へと移り暮れて行く真夏の夕方。
(こういう賑やかさも、悪くねぇか…)
皆が歓談したり料理を楽しんでいると、ふっと電気が消えた。
電気が消えたとて真っ暗闇ではないのだが、話し相手を探す分には不便な暗さである。
ざわざわとした群青の中で、ふわり。またふわり、と光が浮かんでは消える。
それはひとつ、またひとつ増えて行く。
「…ホタル…」
誰かが呟いた。
すると、幻想的な光は瞬く間に増え、庭を照らしていった。
わぁ、と誰ともなく歓声があがりしばし皆が見入った。
そして、しばらくすると今度はロウソクの火が灯り、歓談しやすい明りとなる。
「さぁ、手持ちですが花火もありますよー。やりたい方は、庭じゃ狭いんで、お店の前でお願いしまーす」
喜助の一声で、店先へと人が割れた。
店先でもパチパチと色とりどりの光が舞う。
電光石火で光が走って、シャワーのように降り注ぐ。闇の中に残光を見ながら、嬌声は止まなかった。
散り散りに帰路につく様子は、なぜか不思議な寂しさを感じさせる。それはまるで夜空に打ち上がった大輪の花火が散っていくような切なさを残して。
「じゃあ、オレらも帰るわ。まぁ楽しかったぜ。平子の演出もけっこー悪くなかったし」
「素直に褒めえっちゅーに。ホンマにオマエはー。まぁエエわ。さってと、オレらも帰るかな」
と、憎まれ口を言いつつも互いの顔には笑みが浮かんでいる。
「じゃーな」
各自帰路につくと、浦原商店スタッフのみとなった。
「終わったっスねー。テッサイも疲れたでしょー?片付けは明日にしてもう休んでいいっスよ」
すっかり眠ってしまった雨とジン太を部屋に運ぶと、散らかった居間を見てテッサイを気遣った。
「そうですな…。明日平子殿達が片付けを手伝いに来てくれるようですし、今日は休ませて頂きますかな。……店長は?」
「アタシ?アタシは…この擬似ホタルを片付けてしまいます」
「ふふ、皆喜んでくれましたな」
「ホーント、やってよかったっスね」
納涼会という名の感謝祭。皆が居てくれたからこそ、自分もこうしていられる。色々と、道のりはきつかったけれど。
真夜中を過ぎる頃に涼しい風が吹いた。明かりもつけず、喜助はただ星空を見ていた。
キセルから煙を吸ってぷかりと吐きだす。
「なんじゃ、寂しそうじゃの。付きおうてやろうか?」
背後から風鈴が鳴る様な快い声がした。彼女は音もなく喜助に近づいた。
「お帰り、夜一サン。なんだ今日はソウルソサエティにいくのかと思って拗ねてたのに」
「あっちに行って欲しかったのか?では今からでも行こうかの」
すると間髪入れず、喜助の腕は夜一の手を捉えた。
「…意地悪っスねぇ」
そのまま引き寄せると、抵抗なく腕の中に落ちてきてくれた。金色の目が月のようだ。
「少し、一緒に夕涼みしましょうよ」
夜一は、月光に照らされた淡いほほ笑みを浮かべたまま、そっと喜助にもたれかかった。
真黒の世界に散らばった星の光は、静かに夜を照らした。
<終>
すいません、ただ、夏の情景を書きたかっただけでした。でも喜夜の要素は盛り込む。無理矢理にでも盛り込む。