残業デイト

 

十二番隊を預かる隊長・浦原喜助は研究データのサンプル収集という名目で、二番隊の例の彼女と現世へ逢引しに行った。
 
あいつは案外ぬかりないから、自分の分の書類は一切合財終わらせて、後は副隊長であるウチの処理を待つだけにしていく。
…が。最近、技術局でこき使われていたせいで、ウチの文机には未処理の書類が束になって積まれていた。
 
間もなく就業時間が終わる。残業なんて、最低最悪。こんなんやりたくもない。
けど、これも仕事の内なんだからしょうがない。
 
そうして嫌々取りかかっていたら半刻程前にシンジがやってきた。
 
最初に忠告はした。
「今日は何も約束しとらんやろ。ウチ今忙しいから、相手できひんねんぞ」
 
「あー、構へん構へん。オレが勝手に終わるの待っとるだけや。ほれ、さっさとやり」
 
 
そうして黙っていたのは最初の五分だけだった。
 
(あぁ!イラつくわ。いつまで居るつもりや。何やぺちゃくちゃ喋りおって、邪魔やなぁ)
期限の近い書類に追われて募る苛立ちと思わぬ邪魔者の出現で、こめかみに血管が浮く。それでも相手にすれば、そこでまた時間を無駄にしてしまう。
 
「さーるーがーきーさーん。聞いてはりますかー?」
(うるさい!ハゲなんぞ無視や無視!)
そう決め込んだ途端、ツインテールの頭をノックのようにコンコンと叩かれて、遂に噴火した。
 
「さっきから何やねん!ウチは仕事してんねんぞ、このドハゲが!男のくせにぺちゃくちゃ喋りおって!うるさいっちゅーねん!さっさと自分とこ戻って仕事せぇ!」
一通り怒鳴り終えると、いからせた肩のまま荒い呼吸が落ち着くのを待つ。
 
だけど、シンジは慣れたもんで、小指を耳穴に入れてシラッと流す。
 
「五番隊のー、ムダに頭の働くー、副隊長がー、二~三日休暇取るからー、オレも二~三日分の仕事をー、無理矢理片付けさせられてん」
「その間延びした喋り方なんとかせんと、星の彼方までぶっとばすで」
 
ウチのイラつきもさして気に留めず、シンジは話し続ける。
「せやからな、オレがオマエの仕事手伝うたる、云うてんねや」
「は?何で?」
 
「喜助、任務でおらへんのやろ?困ってる彼女の為に来てやったんや」
 
「困ってる彼女?誰のことや」
 
「あーもー!オマエ以外居らへんやろ!オマエ付き合うとる自覚あるんか?ええ?」
「…あぁ」
 
そうやった。つい先日からコイツに言い包められる形で付き合い始めたんだった…。
それを思い出すと、急に頬が熱くなった。
 
「あぁ…、って何や!今まで忘れとったんかい?!」
「小さい事気にしなや、益々ハゲるで」
 
シンジの顔を見ていられなくなってついにそっぽを向いてしまった。
我ながら可愛くない。けど、可愛くなんて出来ない。そんなの仕方が分からない。
 
「大体、ウチは何も困てへんからさっさと帰り」
ほら、また。
 
きっとシンジは気を悪くしたのだろう。漫才のように返してきた言葉の応酬がピタリと止まった。
自己嫌悪の波が徐々に大きくなって、遂にちらりと彼を見たら…。
下弦の月のような口元。
 
「何気色悪い顔で、ニヤニヤしとんねん!さっさと帰れ云うとるやろ!」
「オマエ、ほんまに素直やないなぁ。まぁ、そこがおもろいんやけど」
おもろいってなんや!
怒りの抗議をしようと息を吸った途端、ポンと頭に大きな掌が置かれて先手を打たれた。
 
「いい加減、鈍いのも大概にしいや」
「は?何云うてんの?大体、鈍いて何や、鈍いて!」
「だーかーらー!口実やって。仕事手伝ったるっちゅーのは!」
 
さっぱり意味が分からんかった。でも、シンジが視線を外してそっぽを向いた事で、照れてる事だけは分かった。
 
「シンジ、はっきり云うて。ウチほんまにわからへん」
 
大きな口から、大きな大きな溜息が落ちた。
「…せやからな、一緒に居るための口実やっちゅーてんねん。オマエの仕事手伝ったれば、終わるまでは一緒に居れるやろ?………って。あぁぁあ!毎度毎度オマエはオレになんちゅー恥ずかしい事云わせんねん!」
 
頭を抱えて悶えるシンジをぽかんと見ながら、云われた言葉の意味が徐々に染みる。と、今度はウチにもその照れが伝染した。
「アッ…、アホか?!オマエが回りくどいっちゅーねん!このドハゲがっ!さっくり一緒に居りたいて云えばエエだけの話やろ!」
「何やて?!オマエ、オレがどんな気持ちでこれ云うたか分かるか?!どんだけ照れると思てんのや!」
「そんなの知らんわ!」
 
顔を突き合わせてがなり合うと、時計がボーンと時刻を知らせた。
そこで二人してはっと我に返ると、互いにそっぽを向く。あぁ、まるで子供や。
 
しばしの沈黙。
何を云えばいいかも分からない。
 
すると、シンジが明後日の方向を向いたまま訊ねてきた。
「…で、一緒に居ってもええんか?嫌なんか?どっちや」
 
不機嫌な声。なのに、文机に置かれたウチの手に重なってきた大きな手は、ぎゅっと握って離さない。
 
大きな手に包まれる、安心感。
 
…少しは素直になってみようか…。頑張って、伝えてみようか…。
 
「……。あ、足っ…、ひっぱりよったら、承知せんから、な…」
 
 
小さな声で答えて、その手をきゅっと握り返したる。
あぁ。こないに温かい手をしとったんや。
シンジの不器用な優しさに、のぼせてしまいそうや。
 
「なぁ、ひよ里。ほんまにオレがオマエの隊長で、オマエがオレの副隊長やったらええのにな」
幾分機嫌が治った声で呟く。
 
そうしたら、ずっと一緒に居られる。
 
今度こそシンジの心の声が聞こえた気がした。
 
 
熱くなってきた掌を感じながらシンジを見遣り、首肯しようとした。
するとシンジもこちらを向いて、ちょうどその瞳と視線がぶつかった。
 
ウチよりも先に、優しく微笑んだその顔が告げた言葉。
 
「そしたら、いつでもエロい事できるのにな」
 
 
……!!
 
「こっのドハゲがぁぁぁぁぁ!!さっさと帰れ!いや、もう二度と来るな!!!」
ウチの飛び蹴りは見事に決まった。
 
あの心の声は何やったんや!
 
あぁ!一瞬でもときめいた気持ちを返せ!
 
                            <終>
 
 
コメディタッチで終わります。この二人、やっぱりいいなぁ。