もう100年以上も経つのに、未だにソウルソサエティでの生活の記憶は体のそこ・ここに染みついている。
けして未練があるわけではない。ないというのも嘘になるけれど、今の生活に案外満足している。
けれど、ふとした時に思い出すのだ。そう、例えば。
心を揺さぶる躍動感。独特のリズム。シャランシャランと鳴り響く、金属が弾み生み出す玲瓏な音。
あぁ、こんなに月日が過ぎようとも忘れられない。
毎年この時期が来ると、思い出すんだ。
アナタの、奉納の舞を。
ソウルソサエティでも隠密機動内でしか知られていない行事がいくつかある。
その一つに、命の喜びを祝う日がある。
隠密機動という、普段影として生きて行く中で唯一、生命を証明できる日。
まぁ、実際は豪華な料理を食べて、酒を食らって、大声で話して喚いて、そして笑うだけ。
単純に宴会なのだが、一つ突出しているのが、奉納の舞だった。
毎年、総司令官は傍観者で踊らない。
しかし、ある年だけ、彼女が舞った。
満点の星が煌く夜空の下、茫洋と灯された幻想的な光の中、彼女は居た。
褐色の肌に白地の薄布を幾重にも巻いた衣装は恒例のものだが、その舞は違った。
腕に巻き付けた薄布を羽衣のように操り、羽のようにひらひらと風に乗る。
軽やかな足取りは、動きの淀みなど全く感じさせない。
舞に魅入られて、お囃子達すらも出遅れた。
「なんじゃ、仕様ないやつらじゃの」
そう云って不敵に微笑むと、今度は音に合わせて大地を舞った。
彼女の舞は見事生命の喜びを表し、その場に居た者全てを魅了した。
誰もが彼女に見入り、終わった後はしばらく拍手や歓声が収まらなかった。
だけど、彼女が舞ったのはそれ一度きりだった。
「ねぇ、夜一サン」
「なんじゃ?」
「奉納の舞、覚えてる?」
「忘れるものか。毎年、皆綺麗に舞っておったのう」
しみじみと記憶を噛みしめるその顔は優しかった。
「ねぇ、踊って?」
きょとんとしてこちらを向く彼女は、そのままふっと笑って首を横に振った。
「なんで?」
「儂は、もう踊れぬ。『皆の為の夜一』ではなくなってしまったからのう」
彼女は疑問符を浮かべるボクに、瞳を綺羅、と光らせて教えてくれた。
「儂が躍ったのはあれ一度きり。実はあの時、儂に縁談の話が持ち上がっておってな。儂は四楓院家の長としてそれに従おうと思うとった。だからあの年、儂は儂以外の者の為に生きようと思い、あの舞いを躍った。生命を喜ぶ日じゃからの。全ての者達の生を祝うために舞ったわけじゃ」
「そんな話、知らない」
「まぁ、怒るな。過ぎた話じゃ。だがのう、出来なかったのじゃ。縁談に行くことも、皆の為だけに生きることも」
「どうして?」
「おぬしのせいじゃ。おぬしが居たせいで、儂はおぬしの為だけに生きたいと願ってしまった。強く、な。おぬしの為だけに舞いたいと願ってしまえば、もうそれは神聖な奉納の舞ではないからのう。じゃからもうやめたんじゃ」
あぁ。だからあの年だけ彼女は舞ったのか。
「ボクは果報者っスね。こんなにアナタに思われて、どうしたらその気持ちの僅かでも応えることができるんでしょ?」
「それは自分で考えるんじゃな」
そう云って、彼女は嬉しそうに笑った。
「でも、お願いっス。もう一度だけ踊って見せて。ボクだけの為に。ボクへの奉納だと思って…」
「おぬしにはいくつもの色々な物を奉納してきたんじゃがな…。強欲なやつめ。まぁ良い、久々に舞ってみるか。じゃがここでは狭いのう」
真夜中の公園。薄い大きなスカーフを広げて、彼女は舞う。
街灯の薄明り。観客はボク一人。
音楽もお囃子も何もないのに、脳内では確かに鳴ってるんだ。
生命を喜ぶ、あの低い太鼓の音も、シャランシャランと鳴り響く金属も鈴の音も。
今アナタは命の躍動を見せる。
それは祈りにも似た、大きな喜び。
行きつく果てはここでしかない。
でもボクとアナタとは共に居る。それでいい。
ボクと、アナタ。互いの命を感じて生きて行く。
<終>