・羽化 ・

 

閉ざされた岩場の秘密基地。ここは喜助と儂の二人だけの場所だ。いい事も悪い事もここで考え計画したり、肩を寄せ合うようにこっそり隠れたりもした。
長ずるにつれて、互いへの執着を愛と勘違いしてしまうのは、家族よりも一緒にいた時間が長いせいなのだろうか。それとも、成長した喜助に男としての何かを感じてしまったからなのだろうか。
儂は性への興味と喜助の男としての何かを知りたくて、一度褥を共にした。
始まりはなんてことはない。ただじゃれあって、そして悪戯に触れた唇がいつの間にか劣情に火を付けた。その日は祝い事があったため、儂も呑めぬ酒を飲んで箍(たが)が外れやすくなっていた。
終わってしまえば、あっという間だった。それでも皮膚に残った指の感触や、足の付け根に感じる違和感は数日間なくならなかった。
 
喜助は、どうして、とは聞いてこなかった。何も問い質されなかった。儂はそれ以来、気まずくて、喜助を避けてしまっていたが、本当は怖かった。
気付いてしまったのだ。喜助の男としての魅力を。
四楓院の跡取りとして、当主としていずれ然るべき婚約者が現れる。雁字搦めになる日もそう遠くはない。
喜助の体温を感じる度に、体が火照り、息が苦しくなる。結局、好きなのだ。ただの幼馴染ではない。異性として好きなのだ。
それでも、これ以上は踏み込んではならないと、理性が警鐘を鳴らす。これ以上好きになると、跡取りとしての任を果たせなくなる。…然るべき婚約者を受け入れられなく、なる。
喜助の瞳が熱く、真摯に儂を見ても、視線を逸らすしかできなかった。
それが、静かな焔となって喜助を燃やし苦しめた。儂はそれを見て見ぬフリをしていた。関ることで、自分が律せなくなるからと避けてしまった。
 
ある夜、隊舎の小さな一室に呼び出された。呼び出したのはもちろん、喜助だ。
儂の部屋から遠い、茶室のような小さな間。六畳あるかないかのほとんど物置のような場所だった。
「話は何じゃ…」
「…どうして、ボクを避けるんですか?」
「何を。下らんな。飽きれてしまうわ」
喜助の顔を見ていられなかった。悲しげに寄せた眉根に、強張った頬。何かを必死にこらえている拳。
見ていられなかった。けれど、抱き締めることもまた、出来なかった。
話はそれで終いとばかりに部屋を出ようと、喜助に背を向けた。その横をすり抜けて、障子の戸口に手をかけ開いた瞬間。背後から強く抱き締められた。
「逃がしませんよ」
強く、強く。腕を絡めて。そして吐息がかかるほど耳元に、喜助の声を聞いて。
ゾクッと背筋が震えた。
「ねぇ、どうしてボクを避けるんスか?」
「だから…、避けてなどおらぬ!」
「嘘。避けてるっスよ、アノ時から」
囁かれる低い声に、あの日が蘇る。初めて交わした体をなぞる指とその熱さ。あの時囁かれた声は、もっと熱っぽく体の奥底に響くように…。
「はな、せ・・・」
「じゃあ、ちゃんとボクの方見て下さいよ!ちゃんと向かい合って聞いて欲しいんス!」
腕の中でもがいても、振りほどけなかった。本気で抗っていない自分に更に傷ついた。
抱き締めていて欲しい。けれど理性はその願いと拮抗しようとする。
喜助が儂を抱き締めたまま、肩口に頭をもたげて懺悔するような声を出す。背中から抱き締められているから、表情こそ分からないが、声はあまりに切なく響いた。
「夜一サン、好きっス。…好きなんス…好きすぎて、おかしくなりそうだ」
あぁ、胸が苦しい…。もうこれ以上言わないで。
「アナタが欲しい。アナタが欲しいよ、夜一サン」
体の芯が、焦げる…。立っていられなくなる。
けれど喜助の腕を叩き、緩んだ隙にその腕からすり抜けた。
「駄目じゃ…!儂は誰の物にもならぬ!一度儂を抱いたからと図に乗るな!」
儂は腕を組み、喜助に背を向け続けた。もう一度抱き締められたら、きっともう抗えない。そうしてほしい。けどそうしてはならない。
不安定に揺れる心など知らずに、喜助はそうっスか…とだけ言った。少しの沈黙のあと。
「ボクの一人よがりじゃ、仕方ないっスね」
と引き下がった。あっさりとした幕引きだが、心のどこかで安堵した。
これでいいのだと思った。儂らには色恋など、必要ない。
喜助は少し開いたままの障子に向かうと、タン!と強く締めた。何事かと目をやると、月光を背に、少し笑っていた。
「二回目こそ、優しくしたかったんスけどね…夜一サンが悪いんスよ、そんなイジワル言うから」
喜助の言葉に微かな胸の痛みを感じて、その意味を問おうとした途端だった。
世界が反転した。
動揺した儂の上には馬乗りになった喜助。間髪入れずに死覇装の袷を開き、迷うことなく腰紐を外した。
「き、何を…っ、何をするのじゃ!」
「静かにしてください。あんまり大声だすと見つかりますよ。犯されてるとこ、見られたくないでしょ?三席に犯される隊長なんて威厳に関りますもんね…」
少しでもひるんでしまったことを後悔してももう遅かった。儂の手首には自分の腰紐が固く結わえられて、壁にクナイで固定された。
肌蹴た胸に降りる指は、痛めつける物ではなく、欲望のまま肌に触れた。
喜助は迷わなかった。その唇は儂のそれに深く重なった。
<終 ?
 
 
も、これ以上は危険なので自主規制しますっ!あわわわ。すいません!喜助どんにいいようにされちゃうんですよ!
しかも、あんまり秘密基地出てないことに今気付く…。