黒いシルクの布を広げたような、雲のない綺麗な闇夜。丸く切り取られたような黄色の月が頭上高く貼り付けられている。
夏の名残で、少々寝苦しいような湿気の多い日だった。
テッサイが保護者となり、雨やジン太を始めに黒崎家の双子やその友達で近所にキャンプに出かけているため、浦原商店はいつも以上に静かだった。
そして店主はいつも以上に上機嫌で、湯上りにいそいそと自室へ赴くと、用意してあるはずの物を探した。
しかし、小さな卓袱台に置いたはずのものがない。下を覗き込んでも居るのは黒猫だけで、肝心のものはない。いや、正確にはカップだけ落ちていて、中身がない。
「夜一サン…、もしかして、ここにあったゼリー食べました?」
「うむ。なかなか美味かったぞ。…なんじゃ、その顔。ゼリーのひとつや二つ良いではないか」
畳の上には空になったカップが無残に転がっていた。
前足で毛繕いする黒猫が、その手作りとおぼしきオレンジゼリーをつい今しがた、美味しく頂いたのだ。
「あーもぉっ!折角アタシにって、くれたものだったんスよー!甘い物苦手だから、そんなに甘くなくしてくれたのに!」
喜助にしては珍しく食に執着してみせた。夜一はピク、とひげを揺らした。
「…誰にもらったのじゃ?おぬしがそんなに執着するなど、珍しいものよのぅ」
「…誰だってイイじゃないですか。夜一サンには関係ないスから」
「ほぉ…儂には言え…、…?…」
言葉の途中で、心臓が動悸のように脈打つ感覚を覚えた。ドクン、ドクン、と深く。
合わせて足の爪先から火照る様に、熱が上がっていく。
(なんじゃ、これは…?毒…?)
夜一の異変に怪訝な顔で喜助が、その猫の体を引き寄せる。
「夜一サン…?どうかしましたか?」
喜助に触れられている胴の部分が更に熱を持つ。
急激に下腹部が脈打ち、膣がキュッ、キュッと縮まるように蠢く。
(何も、してない…のに…!)
その蠢き方がまるで情を交わしている時のような動き方で、更に夜一を戸惑わせる。
今は夏も終わる頃。春のような発情期ではない。
そもそも元はヒトである夜一に発情期らしいものは皆無なのに、この疼きがあたかもそれかのように、内部のうねりは理性を奪い取っていく。
「喜助、教えろ!このゼリーを誰からもらった?!」
「え…、ひよ里サンですけど…」
喜助の元部下にもらったものだから、あんなに嬉々としていたのは理解できた。しかし、色恋に疎そうなあの金髪小猿が何かを混ぜるのは考えにくい。
「これ、…はぁっ…、本当にお前にって…?」
息も絶え絶えになってきた夜一は、喜助の手の中をすり抜けるようにして卓袱台の上に逃げた。
「一体どうしたんスか?そんなに辛そうに、……まさか…」
「毒では、なかろう…、…もっと、タチ…わ、悪ぃ…!」
耐え切れず猫の姿からヒトへ戻ると、畳の上に崩れるように倒れこんだ。
褐色の肌理細やかな美しい肌はじっとりと汗の玉を浮かべて、荒い息を深く深く繰り返し、薫り立つような色香を放っていた。
喜助は眼前に晒された光景に心配するのも忘れて、不謹慎にも生唾を飲んだ。
汗に濡れそぼる体。体に纏わりつく紫の長髪。
月のような金の瞳を潤ませたまま焦点がぼやける。
逃げようとする甘い声を、唇を噛んで耐える姿は壮絶なまでに妖艶だった。
思わずその大きな手を伸ばした途端、バチンと弾かれた。
「儂に触るな!」
荒げた声で告げると、襖から外へ出ようとよろよろと這い蹲る。
「そんなあられもない姿で、どこへ行こうというんスか!」
夜一が何か言おうとして、首を捻るとその動きで髪の毛先が背中を流れる。
それだけで体の芯がゾクゾクする。
触ッテホシイ!
声にならない甘い溜息を零して、それでも指先に力を入れて立ち上がろうとする。
「夜一サン!」
ぐっと肩を掴まれた途端、背筋に電流が走ったかのように褐色の背が仰け反り、膝が崩れ落ちた。
「…媚薬、っスよね。完璧に」
「喜助、一人にしてくれ…。儂、もう何を口走るか分からんっ…!これ以上淫らな姿、見せとうないっ!」
夜一は残っている限りの気力で懇願した。体はどこもかしこも疼いて、今にも自らの手で慰めようとわななく。
もう立ち上がることも出来ず、うつぶせに倒れこむ。
入レテホシイ、ココニ。
腰が独りでに落ち着きなく蠢き、足を大きく開きたい衝動に駆られながらもそれを自制するように、もじもじと擦り合わせる。
畳に擦れた乳首の刺激に歓び、いけないと思いつつ、体を揺らしてまた擦り付けようとするのを、爪をたてて堪える。
弄リタイ!
「喜助…、一人に…!」
懇願する夜一に、見たこともない淫猥な姿に、烈火の如くこみ上げる背徳感と征服欲。
何とかしてあげたい気持ちがありながらも、下腹部に溜まってきた血流の滾りに目の前が暗くなる。突き入れて、快楽を貪りたい。
でも…こんな状態で抱くのはフェアじゃない!
2へ